北上の理由は謎のまま

 さて、前述したように野生のアジアゾウが生息地を離れるケースは以前から存在していた。中村特任教授によれば「ゾウは季節によっても移動するし、大陸を数百キロも自由に移動するのは普通のこと」というが、今回のように「北上を続ける」のは珍しい。

 北上するゾウの進路にバリケードを築いて迂回させたり、あるいは餌で誘うようにして南下させようと仕向けるが、それでもやはり北を目指してしまう。6月3日の「北京青年報」は、北上を続けている理由について、以下の4つの可能性を取り上げている。

(1)    元の生息地における食糧不足が発生した
(2)    リーダーゾウが道に迷ってしまった
(3)    地球の磁場の変化により移動を活性化させている
(4)    ゾウの本能が次なる生息地を求めている

 7月16日時点では北東に向かう群れが確認されている。ゾウたちはこれから先も北に向かうのだろうか。

ゾウを見守る当局

 アジアゾウは、中国において国家重点保護の野生動物に指定されている。今回のゾウの放浪にも、当局は資金と技術と労力と時間を投じ、「ゾウの動くまま」を見守り続けている。

 農民の経済的損失を重視するならば、麻酔を打って眠らせ元の生息地に帰還させるという方法もあるはずだが、当局がこれを講じる気配はない。ちなみに、ゾウに麻酔を打つことの一般的なリスクについて上野動物園に尋ねたところ、「麻酔を打つにも体重に見合う薬の量の調整が難しく、下手をすると死亡させることになる。投薬後の運搬も困難が予想される」という。

 アフリカでも、人とゾウがぶつかり合うことが頻繁に起きた。それを見てきた中村特任教授は「人命を取られるとなるとゾウを殺さなければならないケースもあった」とケニアでの事例を振り返りつつ、「そうはならずに、ゾウの動くままを見守るという中国当局の行動は注目に値する」と語る。