脳の機能障害によって、ほかの人の目には映らない不審者が、目の前にいるから怖くてたまりません。否定されれば、「この人は私の話をまともに聞いてくれない」「私の苦しみをわかってくれない!」……と、どんどん介護者への不信感が募ります。

 それが、いら立ちとなって粗暴な行為や暴言に及んだり、逆に無気力となって引きこもりがちになったりと何一つよいことはありません。

 また、否定されることによってコミュニケーションに「絶望感を抱く」方もいらっしゃいます。会話の中で絶望感を感じることが多くなると、コミュニケーション自体を避けるようになります。この結果、他者との会話や行動が少なくなり、それが認知機能の衰えに拍車をかけることもあるのです。

 認知症の方に限らず、否定されずに「その通りですね」「確かに!」と肯定されれば安心し、ほっと胸をなでおろします。そして、肯定してくれた人に親しみを感じ、信頼を寄せるでしょう。

 介護される方とする方の間に信頼関係なくして、よい介護はできません。そして、信頼関係がなければ、会話も関わりも徐々に最小限になり、刺激されない認知機能も、どんどん衰えていくでしょう。

 会話の中で相手(認知症の方)を肯定することは、認知症の方と介護者を結ぶ、大事な絆になるだけでなく、認知症の方が「話したくなる」環境をつくるためのベースなのです。会話という脳への刺激が、認知機能の改善につながるということを、意識していただけたらと思います。

(監修/日本老年精神医学会専門医、精神科専門医 吉田勝明)

◎吉田勝明(よしだ・かつあき)
1956年福岡県生まれ。医学博士。日本老年精神医学会専門医、精神科専門医。金沢医科大学医学部、東京医科大学大学院卒業。福島県会田病院、上尾中央総合病院などで勤務後、横浜相原病院を開設し、院長を務める。2021年に横浜鶴見リハビリテーション病院長に就任。現在、神奈川県病院協会会長も務める。30年間、認知症患者とその家族に寄り添い、介護する側・される側、両者の人生の質向上のため、それぞれの家族にとって最もよい治療法を模索し続けている。