「ウイルス干渉」で同時流行の
可能性が低下する説は本当か?

 昨季に新型コロナとインフルの同時流行が起きなかった背景としては、もう一つ、「ウイルス干渉」についても指摘されている。

 ウイルス干渉とは、ざっくりいえば「あるウイルスが流行すると、似たような病気のウイルスは流行できない」という現象だ。宿主を早い者勝ちで奪い合うようなイメージだろう。

 実際、昨年『The Lancet』誌に発表された研究では、年間を通して風邪を引き起こすライノウイルスの感染が冬場だけ減り、その間にインフルエンザが流行することが、2016~2019年の臨床データ分析から示された。

 細胞レベルの実験も行われ、ライノウイルスに感染した細胞は免疫活動が高まり、インフルエンザウイルスへの感染から免れることも分かった。

 ではこの冬、人々がワクチンを積極的に打たなくても、新型コロナのウイルス干渉によってインフル流行が抑えられるのだろうか。

 それはあまりに楽観的だと私は考えている。「ウイルス干渉」は万能ではない。一人でインフルと新型コロナをいっぺんにしょい込む「同時感染」の報告もあるくらいだ。

 ウイルス干渉の詳しいメカニズムは明らかになっていない。おそらく、インフルによっても免疫が十分に活性化されていない細胞では、新型コロナ感染は起きるのだろう。

 そもそもインフルエンザウイルスと新型コロナウイルスでは、感染のとっかかりとなるタンパク質(スパイクタンパク)の種類が違うし、それらが取りつくヒト側の“入り口”(受容体)の種類も違うため、感染が起きる細胞にも違いが出てくる。

 インフルの入り口は気道粘膜の細胞上に多く存在し、呼吸器症状が顕著だ。一方で、新型コロナでは気道や肺以外にも、消化管や腎臓、目、脳など、さまざまな器官・臓器の細胞上に存在して、より多様な症状や合併症が現れる。

 新型コロナは感染の突破口が多い。インフル感染で全身の免疫活動が盛んになったとしても、果たして守り切れるか――。そこまで期待できる根拠はない。

「ウイルス干渉」の可能性は否定できないが、不確かで不十分な“神風”を期待するようなものだ。まずは科学の蓄積の上に開発されたワクチンをもっと信頼し、その効果を適切に得られるよう行動すべきだろう。

(監修/ナビタスクリニック理事長、医師 久住英二)

◎久住英二(くすみ・えいじ)
ナビタスクリニック理事長、内科医師。専門は血液専門医、旅行医学(Certificate of knowledge, the International Society of Travel Medicine)。1999年新潟大学医学部卒業。2008年JR立川駅の駅ナカにナビタスクリニック立川を開設。働く人が医療を受けやすいよう、駅ナカ立地で夜9時まで診療するクリニックを川崎駅、新宿駅にも展開。渡航医学に関連して、ワクチンや感染症に詳しく、専門的な内容を分かりやすい情報にして発信することが得意。医療に関するメールマガジンMRICを発行する一般社団法人医療ガバナンス学会代表理事。