平均給与は30年間増えず
いかに新しい需要を創出するか

 TSMCは21年に3兆円規模の設備投資を行い、競争力の向上にまい進している。熊本県での工場建設費用は、約1兆円に上る(政府の補助を含む)。ただ、ファウンドリ市場で寡占的な地位を維持するTSMCでさえ、その優位性を長期的に維持できる保証はない。

 問われているのは、わが国経済全体での実力の発揮だ。自動車を除き、わが国には世界の需要を獲得できる最終製品が見当たらない。利益率が低いため、海外勢に比べて本邦企業の設備投資額は見劣りする。その状況下、官主導ではなく、民間企業主導のコンソーシアムによるナノインプリント技術は、新しい製造技術の創出によって世界の需要を獲得する突破口になる可能性を秘める。

 その実現に必要なのは、政府がしっかりと支援することだ。政府は事業運営資金や規制改革などの側面から、主要国に見劣りしない規模とスピードでサポートすべきだ。米国などはそうした経済運営をより重視している。政府がTSMCの工場建設を資金支援することは、わが国の経済運営が世界的な「修正資本主義」の流れに向かいつつある兆候だ。それを土台に、国内企業が研究開発から経営まで総合力を発揮する展開を期待したい。

 わが国の経済はかなり厳しい状況を迎えている。過去30年間わが国の平均給与は増えず、20年は前年比0.8%減の433万円だった。短期的には、円安と資源高が個人消費や生産活動を圧迫するだろう。長期的には、人口減少によって国内経済の縮小均衡が加速し、国民生活の負担が増す恐れがある。

 わが国が真の経済成長を実現するためには、ナノインプリントなどの新しい製造技術を生み出し、世界の新しい需要を取り込むことが不可欠だ。わが国産業界全体がいかにして新しい需要を創出するか、腕の見せどころを迎えている。