「認知症は生活習慣と強く関わっています。なぜなら生活習慣病は脳に最も直結する病ですし、血管やエネルギーの使い方にも影響します。血管を通って運ばれる糖分には脳神経細胞を活性化させる役割がありますが、生活習慣病でうまく運ばれなくなると、脳神経細胞のダメージも進んでしまいます。
しかも生活習慣を変えるのは簡単ではありません。実際私も、大学病院にいた頃は、改善法を書いた紙を渡していただけでしたので、改善できた患者さんはいませんでした。
今、クリニックを開設して2年以上経過しましたが、改善がうまくいっている方は、APOE4遺伝子を持っていてAβがたまっている方でも、発症は抑えられています。
地道ですが、今はこれしかない。これらをきっちりやることで、発症を35%減らせることが分かっています」
そうした中、今年6月、“地道”にやるしかなかった予防対策に朗報があった。米食品医薬品局(FDA)が条件付きで迅速承認し、米バイオジェンとエーザイが共同開発したアルツハイマー病治療薬「アデュカヌマブ」だ。
「アルツハイマー病患者さんの脳の中に原因物質としてたまってくるAβを取り除く薬です。課題はありますが、使う価値はある。日本でも承認されれば、二次予防にとって大きな武器になるでしょう」
「認知症予防」段階での
支援体制をどうつくるか
4月からは、新たな施策として「健脳カフェ」をオープンさせた。月曜日から金曜日まで、アルツクリニックPETラボ内(新宿区)で実施している。
指導員の指示のもと、特別なマシンを使わずに、関節をほぐし筋力アップを促すことで高齢者や低体力者の心身状態の向上を図る「ラクティブ」や、常駐する認知症専門医の相談・指導、認知症家族の会との交流など、約2時間半のコースを1回1500円で体験できる。
取材に訪れた日は上智大学総合人間科学部の学生たちが交流のためにラボを訪れ、利用者と一緒にプログラムに参加していた。脳トレ的な要素も加味された体操は結構難しく、若い学生でも失敗するが、目的は体操を完璧にできるようにすることではないので問題ない。若い人が自分よりもできない様子を見た利用者が、「難しいよね」と笑いながら話しかけ、交流が生まれる。
「運動の大切さは理解していても、日常生活で実践するとなると、なかなかできないのが実情です。こういう場所を作ることでモチベーションを高め、皆で一緒に楽しんでいただくことで長続きする。
適度な運動や、他者とのコミュニケーションを続けることにはリスク要因を減らし、認知症に移行しにくくする効果もあります」
保険診療の対象は認知症の診断が下ってからなので、SCDやMCIの状態では医療保険は使えない。認知症予防にとっては、その時期こそが大切なのだが、支援体制はまだ整っていないのが現状だ。
「SCDやMCIの時期であれば、予防医療は十分間に合う。だからこそ、医療保険が使えない初期に健脳カフェを広く使っていただきたい。そのために少しでも参加のハードルを下げようと、利用しやすい価格設定にしています」
今後、健脳カフェでは、民間企業との連携も模索する方針だが、一方で大学や行政との連携は考えていないという。
「組織が大きくなると時間ばかりかかって、動きが悪くなる」
アルツハイマー病の予防を40代、50代から始める「先制医療」を人生後半のライフワークに定めた新井医師は今、「あと10年」と時間を区切り、大学病院時代からやりたかったことを次々と実行している。アルツハイマー病患者半減へ向けて、ギアを上げている最中だ。
(監修/アルツクリニック東京院長、順天堂大学名誉教授 新井平伊)
アルツクリニック東京院長、順天堂大学名誉教授。順天堂大学医学部附属順天堂医院・メンタルクリニックで長年主任教授を務め、順天堂大学退官後の2019年に精神科・内科のクリニック、アルツクリニック東京を東京駅至近に開院。日本の認知症治療の第一人者。