「日本のような小国を落とせないようでは帝国の沽券に関わる」という事情もあったかもしれません。しかし、モンゴル帝国にとって日本侵略という作戦は、領土拡大戦争の戦略上、重要な意味を持っていたのです。そしてその理由を知ると、世界史と日本史が交わって歴史の奥深さや楽しさを実感できます。

 では、『世界最大のモンゴル帝国が日本侵攻にこだわった理由【世界史でわかる日本史】』という記事の中から、その理由をご紹介しましょう。

モンゴル帝国は日本を服属させて
海軍を組織したかった

 答えを先に言ってしまうと、モンゴル帝国は日本を侵略して服属させ、海軍を組織しようと考えていたようです。

 その背景には、当時モンゴル帝国が中国全土の統一に向けて南宋に侵攻していたという事情があります。

「150年間中国を支配してきた南宋の抵抗は激しく、戦いは膠着状態。戦況の打開を図ろうと、南宋の西側に位置する大理国を征服。東側は朝鮮半島を統治していた高麗を支配。南宋の退路を断ちます」(『世界最大のモンゴル帝国が日本侵攻にこだわった理由【世界史でわかる日本史】』より)

 その上でさらにモンゴル帝国が欲したのが、海から南宋を追い詰めるための海軍でした。「海軍を持たないモンゴル帝国にとって、海上艦隊の確保は喫緊の課題だったのです」(同)。

 日本史に登場する元寇について、このように世界史の1ピースとして捉えると、全く別の見方ができて面白いと思いませんか?

 ただ、この時に日本がモンゴル帝国に敗れて侵略されてしまっていたら…という「歴史のif(もしも)」を考えるとゾッとします。必死の思いで日本を守ってくれた当時の人々への感謝を忘れてはいけませんね。