佐藤:このマサリクの見方というのは、現代社会を見るうえでも役に立つと思います。コロナの中でリモートワークをしていると、必然的に一人になりやすい。いわば都市化の極致ともいえる状況ですから、孤独や不安を覚えるのは仕方ありません。
シマオ:僕は通勤しなくていいからラクだなと思っていたんですけど、会社の先輩とかには出社したほうがいいっていう人も結構いました。今考えると、あれだけ嫌いだったルーティン業務が精神安定剤になっていたのかもしれません。つくづく人間ってないものねだりですね。
佐藤:仕事に効率や合理性を追い求めるのは、間違っていません。しかし人間は機械ではない。朝令暮改の政策、先行き不透明な経済状況の中、平常心を貫くことは大変難しいことです。
シマオ:僕だけじゃない、と思って気持ちをしっかり持たないといけませんね。
チェコの社会学者・哲学者・政治家で、チェコスロバキア共和国の初代大統領。 オーストリア・ハンガリー帝国からの独立運動を行い、第一次世界大戦勃発 時には国家反逆罪で逮捕されることを避けるために国外へ逃亡。オーストリ ア・ハンガリー帝国崩壊後に初代チェコスロバキア大統領に選ばれた。
資本主義システムが人を孤独にする
佐藤:他にも、人が孤独になる要因はいろいろあるけれど、大きいのは近代化、つまり資本主義システムによるものが大きいと考えています。
シマオ:なぜでしょうか?
佐藤:資本主義システムというのは、端的にいえば「分業」するものだからです。経済的な効率性を追求しようとしたら、役割を分担して、個々人がそれに集中することを求められます。すると、自分の仕事や人生の全体像を見ることができなくなってしまうのです。
シマオ:「分業」ってこの前教えてくれたやつですね。えっと……。
佐藤:イギリスの経済学者、アダム・スミスです。スミスが、経済成長に必要なのは「分業」であると説いたということは覚えてますね。
シマオ:はい。
佐藤:分業は生産性を向上させるためには、必要不可欠なシステムです。しかし、全体が見えないと、人は自分が社会のパーツみたいに感じます。
シマオ:確かに。というか、今の僕も会社でそんな感じです。
佐藤:そんな「歯車感」が、資本主義システムが生む孤独の正体なんです。もう一つの理由としては、資本主義の中では、人間の基本的な評価がお金によってなされることがあげられるでしょう。
シマオ:給与の差はどうしても、人間としての差だと感じちゃいます。
佐藤:人間の評価軸というのはいろいろあるはずなのに、給与の高さやそれを保証する地位などが、あたかもその人のすべてを評価しているかのように見えてしまう。それが孤独を助長させているのです。
シマオ:モノの価値を測るお金という指標が、会社ではその人間そのものを測る基準になってしまった……。
佐藤:そのことをマルクスは人間が「疎外」されていると表現しました。
シマオ:そがい?
佐藤:疎外とは「よそよそしくする」という意味です。この言葉を哲学的に使ったのは、ドイツの哲学者ヘーゲルでした。人は自己意識を確立するために、本来は自分のものであった精神を、自分の外に出して「よそよそしい」存在にする必要があるとして、自己疎外なんて言い方をします。
ドイツの哲学者。近代思想を体系化し、哲学の歴史上、最も重要な人物の一人しようとされる。対立されるものが止揚(アウフヘーベン)されるとする弁証法の考え方を確立し、理性が世界を支配して歴史が進んでいくという考え方を提 示した。マルクスの思想はヘーゲルに強い影響を受けている。『精神現象学』『法の哲学』『歴史哲学講義』『美学講義』など多方面にわたる著作を遺した。