連載タイトルの「2.2坪」は、焼肉屋「六花界(ろっかかい)」の実面積。東京・神田駅の東口から徒歩30秒。飲食店がひしめくサラリーマンと金融の街「神田」のガード下に、2.2坪の焼肉店が生まれました。四畳半程度のスペースの中に、厨房もトイレも客席も全部ある、めちゃくちゃ狭いお店。「2.2坪? やめとき! 無理無理! そんな狭い飲食店ないもん!」……誰に話しても否定の言葉ばかり浴びせられる毎日。ところが、今や「狭さ」「不便さ」を逆手にとった戦略が注目を浴び、12年経った今でもTVやメディアで取り上げられ続けており、「和牛+和酒」「立ち食い焼肉」「知らない人と七輪共有」「タレ肉は出さない」などストーリーのある焼肉店として話題に!「私語禁止、撮影禁止、スマホ禁止」「SNS投稿禁止」「完全紹介制」「支払いではなくお月謝」「女性だけしか予約の取れないお店」「プロジェクションマッピングも活用した劇場型焼肉店(クロッサムモリタ)」など、誰も思いつかなかったようなオンリーワンなコンセプトで超予約困難店に! そんな食通たちをうならせている森田隼人の奇想天外な発想と経営哲学、生き方がわかる注目の1冊が、『2.2坪の魔法』。今回のテーマは、2.2坪の激セマ焼肉店の店主は、「どうせそれなりの食材でしょ」の先入観をどうやってひっくり返したのか?!です。(構成・編集部 撮影・榊智朗)
先入観を逆手にとった伝え方とは?
「価格」は、商売をする僕たちのサービス精神をお客様にダイレクトに伝えることのできる手段です。数字であらわせる分、圧倒的な表現力があります。
六花界は、お肉一皿500円、ドリンク一杯400円の明瞭価格です。
たび重なる原価高騰に負けず、量は変わらず質は日々向上を目指しています。とにかく単純に良いものを安く提供することが最高のサービスで、おもてなし。その価値が素晴らしいものであればあるほど、サービスは体験や経験となり、誰かと共有したくなるのではないかと思います。
価格の設定に答えはありません。だからこそ、まず自分自身が大きな相場観を知っておく必要があります。
ただ安いだけには限界があります。お客様自身が「良いもの」と実感できるものであることが前提で、その上で「安いな」「すごいな」と思っていただけることで、こちらの思いが初めて伝わり、「また来ようかな」と思ってもらえます。「こりゃ圧倒的だ!」とまで思ってもらえたら、その商売は必ず長続きするでしょう。
六花界は「立ち食い焼肉」ですから、どれだけ良い食材を仕入れていても、「どうせそれなりの食材でしょ」という先入観からスタートします。
だから、僕はそれを逆手に取ってちゃんと伝えることから始めました。
今食べていただいているのは、どんなお肉なのか。どんなお酒なのか。味がいい、質がいいのはもちろんのこと、お客様の満足感を高めてくれるのは、そのサービスや商品の背後にあるストーリーです。
僕は絶対的な自信を持って仕入れをしているので、その価値や情報をぜひ共有したいと思って、お客様には積極的に伝えるようにしています。
この時大事なのは、どんな言葉で表現をするかで、自分自身がその価値をよく理解しておく必要があります。
たとえばお酒を紹介する時に、「○○県のレアな純米酒なんです」と言うのではなく、「○○県の佐藤さんという農家さんがこのお酒のためだけに育てたお米を使った純米酒で、アミノ酸度が高く、お米の強い旨味が強く感じられて赤身のお肉によく合い止まりませんよ!」と言うと、想像できる世界が広がりますよね。
そして楽しんでもらったあとで、会計の時「これだけ満足して1800円でいいの!?」と感動してもらえれば、「また来ようかな」と思ってもらえると僕は考えています。
しかしこの値付け、僕の場合は新しいお店を出す時にかなり苦労しました。
というのも、価格設定はお客様の意識を左右するものだからです。
たとえばメニューの値段が800円中心のお店だと「定食屋さんかなぁ?」とお客様は認識するし、コース2万円のお店だと「スーツ着ていった方がいいかなぁ」となりますよね。
僕の経営するグループ各店のお客様の単価で言うと、六花界は1800円、初花一家というお店は6000円、そしてクロッサムモリタでは2万円と幅があります。
それぞれ明確な意図があって価格設定もメニューや素材自体も大きく異なるのですが、多くのお客様にとって、僕はもともと「六花界の森田」だったのです。
だから、「森田のやる店は1800円でコスパがいいもの」と考えているお客様にとって6000円は高価となり、残念ながら離れていってしまう人もいました。
公園で歌っていたストリートミュージシャンが急に日本武道館でコンサートをするようになったら驚きますよね。「今まで公園で聞けてたからよかったのに、わざわざ武道館まで行って聞かなくてもいいわぁ」となる人がいるのも当然です。
では、どうしたらそのギャップを埋められるのかと考えた時、僕は言葉を変えることにしました。
立ち飲み屋ではちょっとエッチなお話が盛り上がったりすることもありますが、ホテルの最上階の寿司屋のカウンターではそんな話はしませんよね。
ですから他のお店では、「いつもの六花界の森田」ではなく、「初花一家にいる時の森田」「クロッサムモリタの森田」として、話す内容、選ぶ言葉も変えてみることにしたのです。
そうすると、お客様も「森田はこの店ではこんなことがしたいんだな」と次第にわかってくださるようになり、だんだんと満足していただけるようになりました。
商品やサービスの価格は、お店がつけるものであると同時に、お客様がつけるものでもあります。
「この感じなら、このくらいだな」というお客様の見積もりがあるのです。
その見積もりを超えて、「えっ、こんなに満足できてこの値段でいいの!?」と期待を裏切ることが本当に重要です。そのためには、品質を高める努力をすることはもちろん、価値の高さを伝えることも鍛えていく必要があります。