2020年、新型コロナウィルスの感染拡大によって、世界中の経済が打撃を受けた。
特に、飲食、宿泊、旅行、運輸、興行、レジャーなどの分野はその影響をもろに受けた。
スキューバダイビングやラフティングなどのアウトドアレジャーや、遊園地や動物園、水族館などのレジャー施設への予約をネット上で取り扱う会社・アソビューもその一つである。
アソビューは当時創業9年目、社員130名のベンチャー企業。日の出の勢いで成長している会社でもあった。37歳だったCEO山野智久氏は、未曾有の危機に追い込まれ、悩み、苦しんだ。
「会社をなくしたくはない、しかし、社員をクビにするのはいやだ」
売上は日に日に激減し、ついにはほとんどゼロになった。
さて、どうする? 山野氏が繰り出した「秘策」を、『弱者の戦術 会社存亡の危機を乗り越えるために組織のリーダーは何をしたか』(ダイヤモンド社)から引用し、紹介する。

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施設が安心して営業再開できるガイドラインを作れ!

緊急事態宣言が出る1ヵ月ほど前の3月初頭、僕は取引のあるふたつのレジャー施設を訪れていました。京都の東映太秦映画村と、東京のお台場にあるレゴランド・ディスカバリー・センター東京です。

当時、東映太秦映画村は世情を鑑みて営業を一時休止中。レゴランドは暗いニュースばかりの世の中で、施設の運営が一筋の光となればという想いを持って営業を続けていました。両者に共通していた悩みは同じ。もし施設内でクラスターが発生したら世間から何を言われるかわからないという不安。いわゆる「レピュテーション(風評)リスク」です。

折しも、歌舞伎町や池袋の繁華街ではクラスターが発生し、マスコミの煽るような報道によって、世間からは「店名を晒せ」「店を潰せ」などといったバッシングが相次いでいました。2施設とも「ひとたび施設内でクラスターが発生したが最後、メディアの集中砲火を浴びてお客様が来なくなり、二度と立ち直れなくなるのでは......」という心配があったのです。

彼らの窮状は痛いほど理解できましたが、悩みがあるところにはニーズがあり、ニーズがあるところにはビジネスの鉱脈があるものです。ただ、その時の僕には、一体そこにどんなビジネスが創出できるかを思いつくことはできませんでした。

それから1ヵ月半後、4月21日に野武士コンサルのリリースをnoteに掲出してしばらくすると、意外な人から連絡が来ました。ハワイ大学で疫学の専門家として働いている岡田悠偉人さんです。これには驚きました。なぜなら岡田さんは僕と同じ高校の同級生、しかも同じサッカー部所属の友人だったからです!

ただ岡田さんは1年生の途中で退部してしまったので疎遠になり、卒業後の消息はまったく存じ上げませんでした。お互い一切連絡をとっていなかったのですが、岡田さんがたまたまシェア・拡散された僕のエントリーを目にして気づき、連絡をくれたのです。実に18年ぶりでした。

僕はそのnoteエントリーに「仕事ください」という切実なメッセージをしたためていたので、彼は自分の活動を紹介するホームページの作成をアソビューに依頼するつもりで連絡してくれました。なんて、ありがたい......。

しかも色々と話をする中で、岡田さんはこんなことを申し出てくれました。

「ハワイは世界の中でも有数の観光先進地なので、既にアフター・コロナに向け、観光施設における感染防止の研究や動線設計が進んでいます。僕はその分野の専門家なので、もしお困りでしたらお力添えできますよ」

ピンと来ました。

この言葉と3月初頭に2施設から聞いていたレピュテーションリスクが、頭の中でつながったのです。

疫学の専門家と複数の業態の営業オペレーションを把握しているアソビューが監修した感染防止ガイドラインを作り、それをレジャー施設に共有する。そうすれば、緊急事態宣言が明けた後すぐに、レピュテーションリスクを恐れることなく営業再開の道が開けるのではないか?何より、ゲストも安心して施設を利用できる。

それが新規の売上になればよし。もしならなくても、レジャー施設同士をつなぐプラットフォームであるアソビューが率先してガイドラインを作るのは、絶対にやる意義があるはず!

省庁との連携はマスト

居ても立っても居られず、早速岡田さんと打ち合わせをはじめました。このプロジェクトは社内の「観光戦略部」という、自治体・中央省庁へのコンサルティングサービスを提供するメンバー、内田、日比野と共に進めました。

敷地面積における時間あたりの入場人数や、列を作る際の人との間隔、さまざまな動線設計。ラフティングや体験教室といったガイドが存在するツアーの場合と、ガイドがいない場合。テーマパークのような屋外施設は?温泉施設の場合は?アソビューが予約を受け付けている多種多様なレジャー施設に対応できるよう、岡田さんと何度も打ち合わせを重ね、かなり細かいマニュアルを策定しました。

4月下旬に着手をはじめ、5月の中旬には骨子を固められました。相当なスピードです。僕自身、今までまったく知らなかった疫学の膨大な知識を岡田さんとの連携の中で短期間でインプットしました。受験勉強以来......というより受験勉強でもこんなには頑張らなかったかもしれません(笑)。

こうして感染拡大防止ガイドラインは2020年6月10日に正式リリース。アソビューのサイトでは、そのガイドラインの基準をクリアした施設に対して「新型コロナウイルス感染対策(三密対策)実施済み」と表示しました。通称「三密バッジ」です。

一方、ガイドライン作成と並行して僕が狙っていたのは「関係省庁との連携」です。

アソビューの契約施設に対する感染防止ガイドラインの提供はもちろんですが、関係省庁、すなわち観光庁と連携することで、より多くの観光施設にこのガイドラインが行き渡り、営業再開の一助になるのではないかと考えました。

また、感染症という難解なテーマを扱う際、単に「民間のベンチャーが頑張って作りました」では、世間は見向きもしてくれないということは、今までの中央省庁や自治体との仕事を通じて痛いほどわかっていました。加えて新型コロナウイルスは未知の感染症です。

わからないことが多いウイルスの対策マニュアルを民間のベンチャーが専門家と作ったというだけではマニュアルに対する社会からの信頼は得にくいだろうと考えました。

ちょうど観光庁でも同じ課題感を持ち、プロジェクトを進めようとしていたため、連携はスムーズでした。観光庁では厚労省付きの専門家とも連携を進めていたので、より強固なエビデンスの確保のための連携ができる状態でした。最終的に我々が作ったガイドラインがレジャー体験施設の感染防止ガイドラインの正式版として承認され、内閣官房のお墨付きを獲得し、世間に広く周知されることになりました。

悩みがあるところにはニーズがあり、そこにはビジネスの鉱脈がある
山野智久(やまの・ともひさ)
1983年、千葉県生まれ。明治大学法学部在学中にフリーペーパーを創刊。卒業後、株式会社リクルート入社。2011年アソビュー株式会社創業。レジャー×DXをテーマに、遊びの予約サイト「アソビュー!」、アウトドア予約サイト「そとあそび」、体験をプレゼントする「アソビュー! ギフト」などWEBサービスを運営。観光庁アドバイザリーボードなど中央省庁・自治体の各種委員を歴任。アソビューは期待のベンチャー企業として順調に成長していたが、2020年にコロナ禍で一時売上がほぼゼロに。しかしその窮地から「一人も社員をクビにしない」で見事にV字回復を果たしたことが話題になり、NHK「逆転人生」に出演。著書に『弱者の戦術 会社存亡の危機を乗り越えるために組織のリーダーは何をしたか』(ダイヤモンド社)がある。