人はいくつになっても「わくわく」することに消費する

 以前、50代以上の人のライフスタイルを応援する雑誌『いきいき』で、「ボストン・ワンマンス・ステイ」という商品を提案した。これは単なる観光旅行ではなく、憧れの街ボストンで1ヵ月、住むように生活しながら英語を学ぶという知的体験型の旅行商品だ。

  日本とボストンの往復飛行機代、ホテル代、食費、英語学校の費用などすべて込みで価格は1人120万円。かなり高額に思われるが、告知2週間で30人定員が完売した。

  商品企画の前段階で、読者からそれまで寄せられていた多くの声から、50代・60代の女性を中心に「何かを始めたい」「リセットしたい」「変わりたい」「いまだから学びたい」という内的衝動を持った人が多いことがわかっていた。そこで、それを後押しする企画にして雑誌で告知したのだ。

  30人というのは、消費財を売る人数ならば決して多くはない。だが、個人の女性が1人120万円を出すことの意味を考えてほしい。齢を取っても、わくわくしたい、もう一度夢を見たい、という人がシニア層にも少なからず存在する証拠である。50歳になっても、60歳になっても、70歳になっても、わくわくしたい人はそれなりにいるのだ。

  私はこういう消費形態を「わくわく消費」と呼んでいる。先行き不透明感が強まる時代だからこそ、逆にこのような心理的わくわく感を後押しする「わくわく消費」はさらに求められていくだろう。企業は知恵を絞って、こうした商品をどんどん企画・提案していくべきだ。

「気持ちをわくわくさせる商品を」と訴えたジョブズ

 1996年に瀕死の状態だったアップルに戻った創業者のスティーブ・ジョブズ氏は、社内の経営会議で開口一番、次のように語った。

  「ネット時代を迎え、個人が情報を簡単にやりとりできる、気持ちをわくわくさせる商品を提供しよう」

  ジョブズ氏のこの言葉は、何もIT機器やサービスに限らない。シニア世代に対する商品・サービスでも同じだろう。単に安いとか、品質がよいというだけではない、「気持ちがわくわくする」商品こそが、閉塞感あふれる超高齢社会に必要なのだ。私は、ジョブズ氏が亡くなった直後の追悼記事にある次の表現が目に留まった。

  「何がほしいか考えるのは消費者の仕事ではない」と市場調査はあてにしなかった。自分がほしいかどうか。自らの感性を判断基準とした。特にこだわったのは製品の美しさだ。携帯電話の表面に並ぶ数字や文字の操作キーも、ジョブズ氏の目には醜いブツブツとしか映らなかった。iPhoneがキーがないタッチパネル操作となったのも審美眼の結果だ。(日本経済新聞電子版2011年10月6日「コンピュータをポケットに時代を先導したジョブズ氏」より)

  この記事が目に留まった理由は、まったくの偶然なのだが、拙著『団塊・シニアビジネス「7つの発想転換」』の第1章のタイトルが、〈市場調査はあてにするな──「デジタル分析」から「アナログ直感」へ〉だからだ。

  この本で取り上げたのは、当時まだ登場していないiPhoneではなく、ソニーの「ウォークマン」のエピソードだった。ただし、カセットテープやCDなどのメディアを使用するソニーのウォークマンは、皮肉にもこうしたメディアを使わずに済むiPodやiPhoneにとって代わられた。