価値観が激しく変化し、知識が膨大に蓄積された世界では、「バックキャスティング」に分がある。目標はきっと達成できる、そう考えて挑戦する方が勝つ確率が高いのである。もう一つの重要な視点は「共領域」である。バックキャスティング思考に基づき必要な知や機能を構造化しようとしても、縦割り組織がそれを阻む。細分化された組織や個人をつなぐ紐帯が必要である。三菱総合研究所編著『「共領域」からの新・戦略』では、多様な個人や組織のつながりによって価値を創出する「共領域」を形成し、「コレクティブ・インパクト」を実現することが重要であると提言。「共領域」という言葉には、これからの日本に必要な新しい紐帯という意味を託している。
縦割りによる分断から「共創」に向かうことは必然
2020年の世界を席巻した新型コロナウイルス感染症は、人類社会にきわめて大きな影響を及ぼしました。日本国内での死者数など重篤な影響は、他の先進諸国などに比較して軽微に推移してきたといえますが、特別定額給付金の交付や医療機関での情報処理など、政府や医療などのIT装備、デジタル化の弱点が顕在化した感があります。
コロナ禍で改めて気づかされたのは、過去30年の日本で技術革新は進み、イノベーションが生まれる環境も整備されてきたものの、社会の変革は進まなかったという事実です。これは、働き方、医療、教育、行政などさまざまな分野に共通しているといえるでしょう。
日本の問題の本質は、イノベーションや先端技術そのものよりも、それを社会に実装し、社会の変革に結びつける部分にあるのではないか。我々が本書を著すに至った問題意識はまさにそこにあります。
イノベーションは社会実装の過程で社会変革という大きな果実を生みだします。したがって、日本の社会経済の長期停滞はイノベーションが社会実装されないことが一因ではないか。逆にいえば、技術・イノベーションを社会実装させることができさえすれば、社会変革に結びつき、わが国の社会経済を再び発展させることができるでしょう。
イノベーションから社会実装は一連のプロセスであり、天才的な発明発見や先端技術だけで実現するものではありません。既存の(実証された)技術をうまく組み合わせ、技術以外の要素(社会システムなど)も織り込み、長いときは数十年の年月を経ることで、大きな果実=社会変革が実現するのです。そのためには、問題の複雑さとそれぞれの因果関係を把握することから始めて、多種・多層なソリューションの考案、それを実装・活用するインフラの構築に至るまで、幅広い賛同者・参加者を巻き込み、協調して事に当たるメカニズムが必要となるでしょう。
まさに、従来の縦割りによる分断から「共創」に向かうことは必然なのです。そのためには、人と人、組織と組織、場合によっては人と組織の間に何らかの「紐帯」を形成することが必須です。しかも、それは信頼や相互承認に基づく能動的なもの、そこで参加者が自己有用感、すなわち自分が周りの役に立っていることを感じられるようなものである必要があります。私どもは、この紐帯を「共領域」と名づけました。この「共領域」を形成することにより社会実装や社会の活性化を進めることこそが、我々が唱える新・戦略の姿なのです。