確かに運転士の「うっかりミス」により回送列車が遅れたことは事実だが、業務中のヒューマンエラーに対して「制裁」を科すような会社の対応には違和感を覚える。JR西労の前川誠書記長は「運転士に間違いはあったとしても、賃金カットはおかしい。懲罰的な社員管理を改めてほしい」と語る。

 JR西日本はどのように考えているのか。同社の東京広報室は、これは処分ではなく事務的な対応だとした上で、寝坊や遅刻など結果として労務が提供されなかった場合には、分単位の休暇届を提出させることでその分の賃金をカットする対応を取っており、時間厳守が「当然の文化」である鉄道業界において社員も当然のように受け入れてきたと説明する。

 それでは運転中のヒューマンエラーで遅れが発生した場合はその分の賃金カットを行うのかと質問すると、運転中のヒューマンエラーについては懲戒、賃金カットの対象にはならないが、今回は列車に乗る前の移動時間に生じたため賃金カットの対象になったという。

社員に対する厳しい姿勢が
さらなるミスにつながる恐れ

 しかし、寝坊や遅刻などで出勤の時刻に間に合わなかったのであればともかく、今回の事象では事務所で点呼を受けて出場した後に発生したミスであり、遅れである。乗務員の勤務時間は列車の運転だけでなく、移動時間や待機時間も含めたものだ。同じ出場後なのに列車に乗る前と乗った後で対応が違うのは説得力に欠ける。

 JR西労の上部団体である全日本鉄道労働組合総連合会(JR総連)によると、こうした賃金カットはJR西日本以外では聞かないという。

 JR西労の前川書記長は「会社が提出した証拠書類には、岡山支社管内で過去10年に10件ほどの賃金カットが行われたとある。また出区点検(車庫から列車を出す際に行う点検)の対象列車を間違え、遅れが生じたことを理由に賃金をカットされたという相談が寄せられたことがある」と説明する。JR西日本も「(同種事例での賃金カットは)各支社で割と頻繁に行われている」として、これを認めている。

 たかだか1分56円の話であり、目くじらを立てるほどのことではないという人もいるだろう。だがそれは会社にとっても同じことだ。わざわざ1円単位で賃金カットを行うということは、従業員からすれば額面では測れない「処分」としての意味合いを持ってくる。

 JR西日本は2005年4月に発生した福知山線脱線事故において、社員に対する制裁的な日勤教育や、秒単位の厳しい運行管理が運転士の焦りにつながり、事故の遠因となったと批判を受けた。

 これを受けて事故後、懲罰的な位置付けだった日勤教育を実践的な内容に変更し、余裕のないダイヤを改正。「将来にわたり事故の反省と教訓を継承し、たゆまぬ努力を積み重ね、安全で安心・信頼してご利用いただける鉄道を築き上げてまいります」との決意を表明している。

 しかし、今回のような賃金カットは果たしてこうした姿勢に合致するものなのだろうか。「懲罰」を逃れるために遅れを取り返そうと焦って、さらなるミスを犯す可能性もあるのではないだろうか。