「ウェルビーイング経営」で
もっとも大切なことは?

――先ほど、ウェルビーイングをどのように経営に取り込むか、企業側が真剣に考えるようになってきたとお話にありました。昨今、「ウェルビーイング経営」に注目が集まっていますが、奥本さんはウェルビーイング経営でもっとも大切なことは何だとお考えですか?

 そうですね、従業員の心理的安全性を確保することだと思います。特に今はコロナ禍で、多くの従業員が不安を抱え、心身ともに不安定な状態です。このような中、会社が従業員へ心理的な安心感を提供することで、大変な時に会社がしっかりとケアしてくれる、会社に大事にしてもらっていると、従業員の会社に対するエンゲージメントはより高まるはずです。

 アメリカ、特にシリコンバレーの企業では、福利厚生の一部としてウェルビーイング・テクノロジーを提供している企業が今、とても増えています。

 今年1月にオンラインで開催された世界経済フォーラム(通称:ダボス会議)で、デロイトグローバルのプニート・レンジンCEOが講演の中でこのような話をしていました。デロイトの従業員は世界に30万人いるが、そのうちの約8割に当たるミレニアル世代とZ世代に調査を実施したところ、「あなたにとって大事なものは何ですか?」という質問に対し、「ウェルビーイング」と答えた人がもっとも多かったそうです。

 彼を含め、出世とその報酬を目標に突き進んできた世代にとってその調査結果は衝撃だったようで、ウェルビーイングに対して企業は何をすればよいのかを、本気で考えるようになったというんですね。でも、ウェルビーイング、特にメンタルヘルスを考えた時に、彼らの管理職の中には「メンタルをやられるなんて弱い人だ」という固定観念を持った人も多く、まずはそうした偏見をマネジメントチームが是正する取り組みを始めたと、そのようなことを話していました。

 もちろん彼らも自分たちだけでソリューションを出すことはできないので、セールスフォースやユニリーバ、HSBC(香港上海銀行)などと連携し、企業としてのウェルビーイングを議論し、追求する取り組みを行っています。

 ミレニアル世代とZ世代は、自分らしく生きることへの感度がとても高い傾向にあります。課長になったらもっと幸せになるのではないか、部長になったらもっと幸せになるのではないかと、「出世=幸せ」と同一化している人たちが今の大企業の幹部には多いと思いますが、今は「幸せだから会社へのエンゲージメントやロイヤルティーが上がり、いい心持ちで仕事ができる。すると、仕事でいい結果が生まれやすくなる」「幸せだから成功する」という考えが徐々に広がっています。

 彼らが今後、世界のワークフォースの中心になってくるので、彼らの想いを無視して会社が高姿勢を貫いていると、会社の担い手となる若い層は次々と離れていくでしょう。ミレニアル世代より上の世代が「ウェルビーイングって何?」と思っていても、ウェルビーイングを重視する世代が徐々にマジョリティーになり始めている。働く人たちの意識が変わっていくことを目の当たりにしています。

 時代に応じて柔軟に変化していくこと、そして、従業員の幸福度を高める、心理的安全性を確保するということは、企業にとっての命題になってくるのではないかと思います。

 とはいえ、言っているだけではだめだと思います。SDGsやESGに取り組んでいますと、外部からの点数ばかりを気にするのではなく、きちんと従業員に目を向ける必要があります。制度や仕組みだけをつくって実際は誰も使っていない、けれどIRではアピールしている、となると従業員はしらけてしまいます。

 子どもというのは親のことをよく見ていますよね。まっとうな大人にならないと、まっとうな子育てはできないのではないかと思います。私の場合は、子どもたちを育てると同時に、彼らに育てられたと思っています。企業も同じで、従業員って腹の中からしっかりと自分の会社を見ているんですね。誰よりも見て評価している。だから企業は外部にばかりいい顔をするのではなく、しっかりと内部に目を向けなければいけないと思うんです。

 内部に目を向けるといっても、何も従業員を甘やかすとかそういうことではありません。従業員がやりがいをもって、ライフステージごとに力を最大限に発揮できるようなプラットフォームを提供できるか、それが重要なのです。

 たとえば、子どもを産んだあとの2年間は育児が本当に大変ですが、そのライフステージに合ったプラットフォームを企業が従業員へ提供する。この時期は会社へのエンゲージメントもパフォーマンスも落ちているかもしれませんが、だからといって機会を奪ってはいけません。子どもが成長して仕事に集中したい時期が訪れた時には、今度はそれに応じたプラットフォームを提供する。リスキリングの場であったり、人事制度でも工夫できるところがあると思います。

 そのような会社であれば、そこで働いていることを誇りに感じ、職場での生きがいや自己実現をめざして生き生きと仕事をするといった、従業員のウェルビーイングにもつながるはずです。