他人と物理的・心理的な距離が広がり、「1億総孤独」といえる現代。他者に依存せず、「個」として自立するには、どうすればいいのでしょうか。寺田倉庫の経営改革などを果たし、NHK「SWITCHインタビュー達人達」コシノジュンコ氏と対談し話題となった「77歳・伝説の経営者」、中野善壽氏は、「孤独を生きることで、自分の感性を信じ、磨き抜くことができる」と語ります。中野氏は孤児同然の幼少期を過ごし、孤独のなかを生きてきました。しかし、そこで自分の感性を磨き、「個」として自立していきます。社会に出てからは「孤独を武器」に、伊勢丹・鈴屋での新規事業展開や、台湾企業の経営者として数々の実績をあげてきたのです。本連載では、中野氏の新刊『孤独からはじめよう』に掲載されている「他人に依存せず、自立して、素の自分をさらけ出して生きる」51の人生哲学から抜粋。「一人で生きるのが当たり前の時代」に肩肘を貼らず、自分に期待し、颯爽と人生を楽しむ考え方を紹介します。

さみしい時に必要な「たった一つの思い出」とは?Photo: Adobe Stock

心の中に「ほっこり」生き続ける記憶

さみしい時に必要な「たった一つの思い出」とは?
中野善壽(なかの・よしひさ)
ACAO SPA & RESORT代表取締役会長・CEO
東方文化支援財団代表理事
寺田倉庫前代表取締役社長兼CEO
1944年生まれ。弘前高校、千葉商科大学卒業後、伊勢丹に入社。1973年、鈴屋に転社、海外事業にも深く携わる。1991年、退社後すぐに台湾に渡る。台湾では、力覇集団百貨店部門代表、遠東集団董事長特別顧問及び亜東百貨COOを歴任。2010年、寺田倉庫に入社、2011年、代表取締役社長兼CEOとなる。2019年に東方文化支援財団を設立し、代表理事に就任。2021年8月、ホテルニューアカオ(ACAO SPA & RESORT)代表取締役会長CEOに就任。著書に『ぜんぶ、すてれば』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『孤独からはじめよう』(ダイヤモンド社)がある。
Photo by Hikita Chisato

さみしさを新たに宿す出来事がある一方で、いつまでも思い出すたびに心が安らぐような体験もいくつか、大切にしまってあります。

僕の場合、その一つは父との思い出です。

幼い頃に離れて暮らした父と過ごした記憶は数えるほどしかないのですが、まるで映画のワンシーンのように、鮮やかに思い出せる一日があります。

何も世の中のことを知らない小学生の頃の話です

その日、僕は滅多に会えなかった父と二人、出かける機会に恵まれました。

東京駅から急行電車に乗って湘南まで。

目指していたのは江の島にある水族館です。

当時、鯨が泳ぐ水槽があると評判を聞き、父が連れて行ってくれたのです。

しかし、教育者として東北にいることが長かった父は東京周辺の交通に不慣れで、乗り過ごしてしまった。

少し先の駅で降りて、戻って電車を乗り換え、最寄りの駅で降りて江の島の水族館へ向かいました。

とても暑い夏の日で、砂浜からの照り返しに汗をかきながら、僕は父の上着の裾をぎゅっと握って歩いていたのを覚えています。

握った手の先には、キラキラと輝く海がまぶしく広がっていました。

やっと辿り着いた水族館に、鯨はいませんでした。

大きな水槽は空っぽでした。

戦争で食糧不足になって、食べられちゃったそうです。

父は僕に鯨を見せられなかったことが残念だったのかもしれませんが、僕は父と砂浜を歩けたことが嬉しかった。