自動車の登場を目の当たりにして、
馬車の衰退をいち早く予見

 さらにこれと似た例には、誰もが知るハイブランドのエルメスもあります。

 もともとエルメス社は、一八三七年にパリで馬具工房として創業。当時貴族の乗り物であった馬車で使用する馬具をつくっていました。ナポレオン三世やロシア皇帝などを顧客として発展しました。「エルメスの馬具のレザーは質がいい」と話題になっていたそうです。

 しかし、開業から六〇年あまり経った頃、世界の交通機関に革命が起こります。自動車が登場したのです。

 エルメスは、自動車の登場を目の当たりにして、馬車の衰退をいち早く予見しました。そこで決断し、馬具をビジネスの中心にすることをやめ、バッグや財布など皮革製品の製造に方向転換したのです。

 ビジネスの軸足を変えたエルメスはその後、「ケリー」や「バーキン」を筆頭に、数々の人気製品を生み出します。そして、「ブランドの中のブランド」と言われもする今日の成功は、皆さんがご存じのとおりです。

「馬具」をつくる仕事も、「バッグ」をつくる仕事も、使う素材は同じ「レザー」です。職人の圧倒的な技術力を使って革製品をつくれば、勝機があるのは明らかでしょう。自らの軸に即座に気づいて、似た分野へと妄想を膨らませたことが、エルメスの成功の所以だろうと思います。

 ふだん取り組んでいる仕事でも、あれこれと妄想して分析していけば、思わぬところに可能性があることに気づきます。自らの仕事の軸を見抜き、それを少し横にずらすだけで、妄想の芽は生まれるのです。

 好奇心を持って、様々な世界を眺め、そこに妄想を広げてみる

 そうすると共通する要素を活かしたビジネスのアイデアが見つかるのではないでしょうか。行き着くところにはすべて、自分が挑める可能性が眠っているのです。

細尾真孝(Masataka Hosoo)
株式会社細尾 代表取締役社長
MITメディアラボ ディレクターズフェロー、一般社団法人GO ON 代表理事
株式会社ポーラ・オルビス ホールディングス 外部技術顧問
1978年生まれ。1688年から続く西陣織の老舗、細尾12代目。大学卒業後、音楽活動を経て、大手ジュエリーメーカーに入社。退社後、フィレンツェに留学。2008年に細尾入社。西陣織の技術を活用した革新的なテキスタイルを海外に向けて展開。ディオール、シャネル、エルメス、カルティエの店舗やザ・リッツ・カールトンなどの5つ星ホテルに供給するなど、唯一無二のアートテキスタイルとして、世界のトップメゾンから高い支持を受けている。また、デヴィッド・リンチやテレジータ・フェルナンデスらアーティストとのコラボレーションも積極的に行う2012年より京都の伝統工芸を担う同世代の後継者によるプロジェクト「GO ON」を結成。国内外で伝統工芸を広める活動を行う。2019年ハーバード・ビジネス・パブリッシング「Innovating Tradition at Hosoo」のケーススタディーとして掲載。2020年「The New York Times」にて特集。テレビ東京系「ワールドビジネスサテライト」「ガイアの夜明け」でも紹介。日経ビジネス「2014年日本の主役100人」、WWD「ネクストリーダー 2019」選出。Milano Design Award2017 ベストストーリーテリング賞(イタリア)、iF Design Award 2021(ドイツ)、Red Dot Design Award 2021(ドイツ)受賞。9月15日に初の著書『日本の美意識で世界初に挑む』を上梓。