「エリートと目されるアスリートたちは、
言い訳など聞き入れられない状況で
闘うことをずっと強いられているのです」

「過去のオリンピックにおいては、メンタルではなく体調不良を理由に棄権を申し出るアスリートの姿を私たちは目にしてきました」とペリー博士は言いながら、大きな緊張状態をさらに重くする要因として、コロナウイルスによるパンデミックを挙げています。そして、「バイルズやピーティーに忍耐力が欠けていたのではなく、棄権以外の選択肢のない状態にまで陥っていたに過ぎないのだと」博士は強調します。「エリートと目されるアスリートたちは、言い訳など聞き入れられない状況で闘うことをずっと強いられているのです」と続けます。

 もちろん、すべてのアスリートが思い通りに休養を得られる訳ではありません。例えば英国代表として2度のオリンピックに出場を果たしたジャック・グリーンは、鬱病、不安神経症、双極性障害を抱えながら競技に挑んできました。グリーンの著書『健全に働くための、オリンピック選手からのアドバイス』には、彼の体験に基づく洞察が綴(つづ)られています。

英国代表として2度のオリンピックに出場を果たしたジャック・グリーン英国代表として2度のオリンピックに出場を果たしたジャック・グリーン  GETTY IMAGES

「速く走れるが故に評価され、
それができなければ酷評される、
そんな風に考えてしまうのです」

「例えば朝9時から夕方5時までといった仕事とは異なり、生活のすべてが競技に影響を及ぼします。そこから一歩離れて自分のために時間を使うなど、意識の切り替えを行うのは常に困難でした」と、彼は述べています。

「競技の記録を通じて自己評価を行なう癖がついてしまい、それが自分の価値を決めてしまうという錯覚から、長く抜け出せずにいました。速く走れるが故に評価され、それができなければ酷評される、そんな風に考えてしまうのです。ベストな結果を出せなかったアスリートほど、落ち込みます。それを学習機会ではなく、失敗と捉えてしまうのです。すると恥じいるような感情で一杯になり、さらに人目が集まることでさらに、その状態が悪化してしまうものなのです」とも言います。

 グリーンもまた、アスリートのメンタルヘルスに対する世間の偏見を問題視する一人です。完成された身体性を備えたアスリートを目にした私たちが、彼らの精神もまた肉体同様に研ぎ澄まされたものであることを期待するのは当然の反応です。

「そのような偏見が競技スポーツを取り巻いており、ある種のスーパーヒーローであることを求められることで、かえって大きな摩擦や攻撃性を抱え込んでしまう場合もあるのです」とグリーン。 また、選手、コーチ、サポートスタッフに対し、スポーツにおけるメンタルヘルス教育の充実を呼び掛けています。

「さらに、アスリートが競技以外の場で成長できるよう手助けをする必要があります。プロとして成功を収めるためには、まず人として成熟しなければなりません。ですが、この点についてはスポーツ界の理解が未だ浅く、軽視されています」と続けて述べています。

アスリートのメンタルヘルスに対する
世間の偏見と改善

 このような昨今の状況は瞬間的な、「一過性のものではない」と心理学者プリース氏は見ています。「メンタルヘルスの重要性についての議論が社会で広まるにつれ、より多くのアスリートが自ら抱える問題を打ち明けるようになるはずだ」とも言います。

「教育、進歩、環境整備、そしてサポートの充実が不可欠です。簡単なことのように聞こえるかもしれませんが、そうとも言い切れません。アスリートが健全な視点を維持できるよう十分な心理的基盤を構築するための手助けを行い、また、専門家によるサポート体制を強化し、信頼あるチームとして選手を支える、これが現実的に行えることではないでしょうか」。

 このプリースの意見には、ペリー博士も心から賛同すると言います。「エリートアスリートはスポーツ心理学者と定期的に話し合う場を設け、メンタルヘルスの悪化を防ぐための方法論を身に着けるべきです」というのが彼の意見です。

 そのような状況が整うまでは、バイルズらアスリートたちが行動によって示したようにメダル獲得よりダメージの軽減を優先し、自らを解放するタイミングを逃さないよう心掛けるのが最善ではないかと思えるのです。小さな金属片よりも価値の高いものが、そこにあるのです。そして、オリンピックを目指していないわれわれもまた、そのことを胸に刻んでおくべきかもしれません。

Text by Tom Ward
Source / Men’s Health UK
Translation / Kazuki Kimura
※この翻訳は抄訳です。

スポーツ界でもメンタルヘルスは重要、アスリート自ら声を上げる時代に