500近い技を習得したレジェンドの原点
一番思い出深い技は「蹴上がり」

 世界中から引退を惜しむ声が寄せられるなど、体操の歴史に燦然(さんぜん)と輝く一時代を築いたレジェンドが貫いたこだわりは、人生訓にも相通じるものがある。

 ラグビーでいえばノーサイドの精神に、礼で始まる柔道ならば「礼に終わる」に象徴されるだろうか。一般社会でも必要不可欠な、目の前の人間や事象に対してリスペクトを忘れない姿勢が、着地を介して内村が届けるメッセージに聞こえてならなかった。

 当初の予定では東京五輪が折り返しを迎えていた2020年夏。内村が更新したツイッターの内容が、ちょっとした話題を呼んだことがある。

 当時の難度表に掲載されていた体操の技は、男子の6種目で「809」を数えていた。この中で6割を超える「496」を実践できると、内村がつぶやいたからだ。

 それぞれの内訳と技の総数に占める割合は、床が91(82.7%)、あん馬が71(56.8%)、つり輪が94(61.0%)、跳馬が84(84.8%)、平行棒が84(48.6%)、そして鉄棒が72(48.6%)となっていた。引退会見ではこんな言葉も付け加えている。

「今後も技は増やしていく予定なので、随時更新していこうかな、と」

 これからは「競技者」ではなく「演技者」として、愛してやまない体操をとことん突き詰めていく。その過程で新しい技を習得すれば報告すると明かした内村へ、最も思い出深い技は何かという質問も飛んだ。このときも即答だった。

「蹴上がりという技ですね。小学校1年生のときか、入学するちょっと前でした」

 鉄棒にぶら下がった状態から両足で空を蹴り、その反動で上半身を棒上に上げる蹴上がりは、小学生レベルでは最も難易度が高い技とされている。内村が続ける。