配布資料は参加者の理解を鈍らせる

 最初の理由は、参加者の理解度を高める上で、資料事前配布はむしろ邪魔になるからだ。

(1)認知のコントロール

 一般的には資料を事前配布した方が予習できるからより理解が深まると考えがちだが、それは少し違う。そもそも忙しい現代に事前に資料を読み込んで予習してくる人は極めて少数派だろう。仮に資料を読んだとしても、さっと読んだだけではわからないことが多いだろう。というのも、良い講演資料ほどシンプルにできていて、講師の話をより理解しやすくするために画面が作られているからだ。

 それにセミナーが始まるときに資料を配られたら、どうしてもそちらを見てしまうのではないだろうか?実はここに大きな落とし穴が潜んでいる。

 例えば、あなたが本を読んでいるとき、面白い本やわかりやすい本なら読むスピードはどんどん上がるだろう。ところがちょっと難しい箇所が出てきたりすると、読むスピードは遅くなるはずだ。さらに難しくなると同じ箇所を読み返したりする。このように人間は誰もが自分の理解度に合わせて読むスピードや読み方を変える。

 これは「認知のコントロール」と呼ばれる現象だ。人間が自習するときには自分自身でこの「認知のコントロール」を無意識のうちに行っている。

 ではセミナーに参加している人はどうだろう?認知のコントロールをするのは講師の役割である。参加している人たちの雰囲気や表情を見て、「少し難しいかな?」と思った場所は繰り返して説明するとか、もっとかみ砕いて説明するといった具合にだ。

 ところがセミナー開始と同時に資料を配ってしまうと、人間の心理としては「どんな資料になっているのだろう?」と思って先に先に資料をめくって見てしまう。その間は講師の話は聞いていないので、重要な部分を聞き逃してしまうかもしれない。

 セミナーにおいて講師の役割は大きい。全体の構造のバランスを考えたり、その場の空気に合わせて途中で緩急自在に展開したり、あるいはサプライズやユーモアも時折織り込んでいくことが必要になる。ところが資料配布してしまうと、そういう全ての工夫がぶち壊しになる恐れもあるのだ。

 そもそもセミナーや講演というのはエンターテインメントの要素の強いものである。言わば「知的エンターテインメント」なのだから、事前にネタバレしてしまって面白いわけがない。セミナーに対する理解度を高めるために参加者の認知のコントロールを行うためには、事前配布は不要なのである。