【事例:逗子市デマンド型乗合タクシーサービス】人も街も年老いていく。持続可能な事業モデルをどう構築するか(写真はイメージです)

移動便益の向上と収益化をどう両立させるか

 逗子市は、古都・鎌倉と葉山町の中間に位置し、海と山に囲まれた風光明媚な土地である一方、都心から鉄道・車で1時間ほどでアクセスできるため、古くからベッドタウンとして栄えてきた。80年代には、兵庫県芦屋市と並び、住民税による税収で日本一を争うほどの高級住宅街・別荘地として名をはせた。

 ベッドタウンとしての街づくりを推進するに当たって、同市は周囲の山を切り崩して高台に宅地を造成、車での移動を前提とした住環境の拡張を促進した。そのため、高台の住宅街であっても、当時は特に不便を感じることはなかったのであろう。しかし、車での移動を前提とした街づくりは、スマートフォンを駆使して移動手段を選択する近年の若者層のニーズに合わず、世代の新陳代謝を停滞させる要因となり、神奈川県全市のなかで高齢化率が1位となったこともあり、現在でも高い水準にある。

「高齢化の進展」「高台にある住宅地」「高齢者の免許返納」などいくつかの要因が重なり、移動便益が極端に低下した地域が市の大半を占めている状況や地域住民からの改善要望を受け、逗子市は域内の移動の改善を目標とした移動サービスの導入を政策に掲げ、「デマンド型乗合タクシーサービス」の導入に向けて動き始めた。

 その実証実験の対象地域となったのが、逗子市沼間にある逗子アーデンヒル自治会である。同地区は、自家用車での移動を前提としたつくりになっており、全戸に広々とした駐車スペースが備わっている。そのため、域内にはバスなどの大量移送手段のための設備やスペースが存在しない。最寄り駅はJR東逗子駅で、その距離は約1キロメートルであるものの、高台に位置しているため、特に帰宅時の登り坂は高齢者には厳しい。同地区では、65歳以上の高齢者が約4割に達している。

 2010年代後半から日本を含む世界各国で移動サービスにかかる実証実験が盛んに行われてきたが、社会実装まで至ったケースはそれほど多くない。あったとしても、宣伝のような意味合いが強いケースや、収益化に苦しんだ末に活動停止に追い込まれるケースが大半である。その要因として、事業者のコアコンピタンスの最大化を狙った移動サービスと、地域の課題や住民の意向とのミスマッチなどが挙げられる。