「lucky by deflection」と
表現するシーンは?

吉田麻也・サッカー日本代表キャプテン吉田麻也(よしだ・まや)
1988年8月24日生まれ、長崎県出身。セリエA・UCサンプドリア所属。日本代表キャプテン。オリンピックに3度選出され(2008年、2012年、2021年)、オリンピックサッカー史上最多記録タイである計13試合に出場。現在、世界でも認められている日本人サッカー選手の1人。 写真提供:Maya Yoshida

 2つめの「deflection」は、単語としての意味は「ゆがむ」「それる」で、サッカーにおいては「当たってゴールに入る」を意味します。

 ボールが人などに当たって思わぬ形で得点できることを、「lucky by deflection」と表現したりするらしいです。サッカー観戦をしながら「今のは『deflection』だね」などと言うと、サッカー通っぽいらしいです(言ってみたいです)。

 3つめの「bowed」は、グラウンドの表面が、弧を描くように盛り上がっている状態を表す言葉です。

 実は、イギリス以外ではそのようなときは、「Today's pitch is not flat.」(今日のグラウンドは平らじゃないね)と言うそうですが、なぜかイギリス人は「bowed」という言葉を使うとのことです。言語表現は本当に多様だと感じるお話ですね。

大枠を見失わななければ
「まったくわからない」という状況を避けられる

 さて、私がこれらの「サッカー通になるための言葉」をお聞きして一番に感じたことは、「私にはサッカーの通訳は絶対にできない!」でした。

 麻也さんが教えてくださった言葉はどれもシンプルです。単語自体は、中学生くらいで習うものかもしれません。しかし、そもそもサッカーの知識が「ほぼゼロ」の私は、そのシンプルな英単語が、サッカーの世界で何を意味するのかを知りません。「tap」という英単語は知っていても、それがサッカーの世界では「ごっつあんゴール」という言い方をするなんてことは、想像もつかないのです。

 通訳の仕事というのは、言うまでもなく、「言葉を訳す」ことです。しかし、相手に意味が伝わらなければ、仕事をしたことにはなりません。日本語の「ごっつあんゴール」という言葉も聞いたことありませんでしたし、そもそも「知らない言葉」は、内容が理解できないので訳せないのです。

 そのようなわけで、私がサッカー関連の通訳をすることはなさそうですが(そして、ないことを願いますが)、サッカーに限ったことではなく、どのような分野でも通訳者は「その道の専門家」ではありません。そのため通訳者は、仕事の依頼を引き受けると必死で準備をします。

 しかし、どんなに準備をしても、すべての言葉を事前に調べておくことは不可能です。いざ本番となれば、思いもよらない「知らない言葉」が飛び出てくるなんてことは、日常茶飯事。そのようなときに通訳者が行っていることは、話の「大枠をつかむ」ことです。

 知らない言葉に慌てて、全体像を見失ってしまっては、何も訳せなくなってしまいます。そうならないよう、わからない言葉に遭遇しても、話の大枠まで見失うことがないように心がけています。

 細かな道順はわからなくても、大体の方角さえつかめていれば目的地へ近づいていけるように、たとえ英語の会話の中に「知らない言葉」が出てきても、話の大枠さえ見失わないようにすれば、「まったくわからない」という状況に陥ることは避けることができます。

 麻也さんが教えてくださったサッカー用語を例に、通訳者が具体的にどのように「大枠をつかむ」かを、ご紹介しましょう。ポイントは「文脈から連想する」「似ている言葉から見当をつける」「言葉の使われ方を手がかりにする」の3つです。