庭園学園と大いなる誤解
パトスに対する理知的な精神、人間が持続的に持っている性質のことを「エートス ethos」といいます。
エピクロスはそのようなパトスに精神が犯される機会を断ちなさい、と教えました。
人生において「心の平静」を実現させるためには、必要最小限の条件で生きる禁欲的な生活が求められます。
なぜなら浮世にはパトスを掻き乱す条件が満ちあふれているからです。
エピクロスは弟子たちに告げました。
「世間から隠れて生きよ」と。
そしてエピクロスはアテナイの郊外に、「庭園学園(エピクロスの園)」を創設します。
エピクロスは、その学園で教え子たちと一緒に、修道院のような質素で禁欲的な生活を送り、生涯を閉じました。
彼の教えは広範な弟子たちが忠実に受け継いで、BC1世紀頃のローマで興隆期を迎えています。
しかしその後は衰え、5世紀には消滅したと伝えられています。
エピクロスは、物質的充足は苦であって精神的充足が快であると説きました。
異性にも触れずパンと水だけで静かに生きることを、快楽と考えました。
それにもかかわらず現代では、エピキュリアン(快楽主義者、享楽主義者)という言葉が普及して、エピクロスは感覚的な快楽主義の扉を開いた人として誤解されがちです。
少し気の毒ですが、運命のいたずらのようでもあり、何かおもしろいようにも感じます。
エピクロスについて深く学びたい皆さんには、ルクレーティウス『物の本質について』(樋口勝彦訳、岩波文庫)とエピクロス『エピクロス──教説と手紙』(出隆・岩崎允胤訳、岩波文庫)をお薦めします。
『哲学と宗教全史』では、哲学者、宗教家が熱く生きた3000年を、出没年付きカラー人物相関図・系図で紹介しました。
僕は系図が大好きなので、「対立」「友人」などの人間関係マップも盛り込んでみたのでぜひご覧いただけたらと思います。
(本原稿は、13万部突破のロングセラー、出口治明著『哲学と宗教全史』からの抜粋です)