「中村さんを助けた思考法があると教えてくれました。それは、ベクトルを自分に向けるということ。“他者比較せず、自分に何ができるかを考える”ってことですね。小柄なので、フィジカルで潰されてしまうことがよくあったそうです。自分は他の選手よりも身長が低いからダメだったと考えてしまいがちですが、それは自分ではどうしようもないこと。

 そこで、ベクトルを自分に向ける意識を持つようにしていたそうです。近すぎると潰されてしまうので、どのくらい間合いを保てばいいかなど、工夫することに意識を向け続けたそうです。自分が表現したいプレーを整理した上で、自分にできることは何かを確認し、集中する。すると人との比較ではなくなるので、練習に行くことも楽しくなったと言います。成長することって楽しいですから。そのときの試行錯誤が、プロ後のプレーにも活きているとおっしゃっていましたよ」

 伴氏がメンタルコーチとして関わっているサッカーチームでは、ベクトルを自分に向けることを意識的に取り入れている。FC千代田は、小学生と中学生を対象にした東京都のサッカークラブ。ここでは、サッカーを好きになって、サッカーやそれ以外の分野で活躍する人材育成を最優先にしている。

「選手のこだわりをクラブのこだわりにしよう」を標語としており、クラブの理念を選手に押し付けるのではなく、子どもたちがやりたいプレーを引き出し、それを徹底的にサポートするのだ。

「練習が始まるとまず、今日どんなプレーを目指すか、選手同士で話をさせるんです。『誰かと比べてゴールをたくさん決める』とかではなく、『リフティングを何回できるようになる』など、自分が目指す理想のプレーを言語化する。そして、練習の締めくくりに自身を振り返るんです。自分軸を作ってあげることを優先しているんですね」

他者と比較しても仕方がない
「自分軸」の構築が重要に

 自身の成長が目に見えて理解できると、そのスポーツにのめり込む。そういったポジティブな体験は、自己教育力を育み、色々な分野に好影響を与えるという。他選手と比較して体格にビハインドがあっても、スポーツを楽しむためには自分軸の構築が重要のようだ。

 熱い感情を持つのがスポーツ選手であるが、中村氏や松井氏に通じるのは、常に客観視して自分を見ること。費やす熱の量は保ちつつ、それをコントロールできる部分に費やすのだ。アンコントロールなものに引っ張られても良い結果に辿り着かないことは、経験豊かなビジネスパーソンはすでに熟知していることだろう。活躍するべくして活躍した中村氏・松井氏の思考方法には、ビジネスにおいても学ぶべきものがある。

伴 元裕(ばん・もとひろ)/OWN PEAK代表、NPO法人Compassion代表理事、中央大学保健体育研究所所属。東京都大田区出身。商社にて7年間の勤務経験を経た後、アメリカのデンバー大学大学院(スポーツ&パフォーマンス心理学修士)に進学。五輪メダル獲得数最多を誇るTeam USAのメンタルアプローチを学ぶ。帰国後、メンタルトレーナーとして活動を始め、東京五輪では長期に渡り指導をしてきた選手が銀メダルを獲得するなど、プロアスリートやビジネスパーソンの実力発揮を支援している。2019年に、スポーツを通して子どもたちのウェルビーイングを高めることを理念としたNPO法人Compassionを設立。指導者、保護者と共に、子どもたちの運動実施率が高まる三位一体のスポーツ環境づくりを推進している

「NPO法人Compassion代表理事・伴 元裕氏に聞く(3)」に続きます。