「一方でポジティブな感情は、『今は安全な場所にいるよ。だから、未来に向かってもっとリソースを蓄えていいよ』と伝達する役割を担っています。これを拡張形成理論と言うのですが、その名の通り、視野を拡張させ、未来に向けて自身の資源を形成していく思考を生みます。

 パフォーマンスで言えば、選択肢が増え、クリエイティビティを発揮し、大胆に挑戦できるようになる。好きなものに挑戦していると、成長が早いですよね。私が学んできたアメリカでも、オリンピック選手の長期的な挑戦を支援するためにポジティブ感情の重要性を明示化しており、それに伴った指導を整えています」

結果が出なくても成功体験が
できるという関係の重要性

 近年、日本でもこうしたポジティブな指導を実施するコーチが増えつつあるが、まだまだ親まで浸透していないことから、海外のジュニア選手よりもポジティブな感情を得る機会が少ないのが日本の現状である。スポーツの結果が内申点や、高校・大学への進学理由にあ関わったりすることもあるだろう。

「ユーススポーツトライアングル」という言葉があるが、これは「選手」「指導者」「保護者」が、同じ評価基準をもって成長を助けること。結果だけで選手を判断するのではなく、どのように成長していくかの過程を見るのだ。

 当然ながら、結果主義よりも時間をかけることになる。ただ、結果が出なくても「成功体験ができる」という関係を三者で構築できれば、選手が得られるポジティブな感情が増えるだろう。日本でははまだ結果を出す指導者が評価されるが、それだけではない評価軸を大人が持ってあげることが重要だ。

伴 元裕(ばん・もとひろ)/OWN PEAK代表、NPO法人Compassion代表理事、中央大学保健体育研究所所属。東京都大田区出身。商社にて7年間の勤務経験を経た後、アメリカのデンバー大学大学院(スポーツ&パフォーマンス心理学修士)に進学。五輪メダル獲得数最多を誇るTeam USAのメンタルアプローチを学ぶ。帰国後、メンタルトレーナーとして活動を始め、東京五輪では長期に渡り指導をしてきた選手が銀メダルを獲得するなど、プロアスリートやビジネスパーソンの実力発揮を支援している。2019年に、スポーツを通して子どもたちのウェルビーイングを高めることを理念としたNPO法人Compassionを設立。指導者、保護者と共に、子どもたちの運動実施率が高まる三位一体のスポーツ環境づくりを推進している

「NPO法人Compassion代表理事・伴 元裕氏に聞く(5)」に続きます。