また、棋譜を「ひとつの物語」として理解していることも記憶を楽にしている要因です。「この守りのパターンで来たな。次はこのパターンで攻め始めたな。あ、ここは変則的に来たな」と、まるで映画を見るように、複数のパターンから構成されるストーリーとして理解しているわけです。

 よって当日の棋譜を振り返るとき、あるパターンを思い返すことでそれが「外部記憶補助」となり、その前後のパターンを思い出すことができます。

 一見すると「すごい記憶力」と思える棋士ですが、ワーキングメモリの容量をはじめ、「記憶力」自体はわれわれと差はありません。その証拠に、プロの棋士でも将棋のルールを無視したランダムな駒の配置を覚える力は、一般人と変わらないのです。

経験を積むほど
記憶は簡単になる

 仕事でも、経験を積んだり知識を蓄えたりすることで記憶することは簡単になります。

 新入社員が仕事のことを覚えるのに四苦八苦するのは、経験や知識が少ないために情報を「符号化」することができず、情報量が肥大化するからです。また、ひとつの情報がほかの情報と結びつくことが少ないため、自分の経験や知識を「外部記憶補助」として活用できず、情報の処理が進みづらいからです。

 たとえば上司と新入社員が同じ新聞記事を読んだとして、上司はその記事に書いてあった業界の最新ニュースについて固有名詞や数字を交えてスラスラと話すことができるのに対し、新入社員は2、3回読まないと頭に入らないかもしれません。

 その差を生んでいるのは記事を読むときにいかに情報が圧縮されて頭に入ってくるかの違いと、すでに知っている情報との結びつきがもたらす理解度の深さです。そしてそれを可能にするのは経験や知識であり、なにも上司の記憶力がいいわけではありません。

 一日でも早く上司のようになりたいのであれば、とにかく経験と知識を増やすことしか近道はありません。よくわからない記事であっても毎日少しでも読み続け、積極的に上司や先輩と仕事の話をすることで、その速度は早まります。