古いルールが現代日本を苦しめる
遠い日本復活

 このほかにも日本を低迷させているさまざま問題の多くはルーツをたどっていくと、明治や大正にできあがった人権意識、慣習、社会制度につきあたる。

 例えば今、日本人を悩ませている「安いニッポン」もそうだ。ご存じのように、日本人の賃金は、先進国の中でもダントツに低く、平均給与ではついにお隣の韓国にも抜かれている。

 しかし、自民党は世界では常識となっている「最低賃金の引き上げ」にも腰が引けており、今回の参議院選挙でも「公約」から外した。『「年収200万円暮らし」炎上の裏で、最低賃金1000円の公約もみ消す自民党の二枚舌』の中で解説したが、これは中小企業経営者の業界団体からの選挙支援と引き換えに引っ込めたということと、この国がいまだに明治時代の「賃金」感覚を引きずっていることだ。

 2012年12月、公益財団法人「連合総合生活開発研究所」が、「日本の賃金ー歴史と展望」という調査報告書を公表した。その中では明治期に確立された日本人の「賃金」について、こんな特徴があると指摘している。

<職種や技量を社会的に評価する基準を持たず企業内での賃金決定を行ってきた。労働者の意識も「就職」というより「就社」であった>

 <賃金と仕事の能率・仕事の強度との関係が明確でなかった。つまり労働時間に対する標準作業量を明らかにして働くこと、1日、1週、1カ月の労働時間管理が、工場労働者に対してすらきちんとは行われず、戦前から長時間労働が常態化していた。その上、労働のあり方がホワイトカラー化したことによって、労働時間と仕事との関係がますます明確でなくなったために、正社員の長時間労働や過労死すら生まれている>

 世界では「賃金」の基準は明確だ。どれだけ働いたのかという対価であり、社会の中でも最低賃金という基準が決まっている。だから、物価上昇すると、経済を循環させるために、アメリカでもEUでも東南アジアでも韓国でも、政府が最低賃金を大幅に引き上げる。「賃金を上げたら倒産が増える」なんて根拠のない話で賃上げを見送らないのだ。

 しかし、日本では明治期に「賃金というものは企業内で決める」というルールが出来上がって今もそれを引きずっている。だから、年収200万に満たないワーキングプアが社会にあふれかえって、庶民がどんどん貧しくなっても、政府は「賃金は企業におまかせ」と無視してきた。明治時代につくられた価値観・ルールが「呪い」のように、2022年の日本人を苦しめているのだ。

 7月10日の参議院選挙で、自民党は圧勝すると言われている。そうなると、「同性愛は精神障害」と主張して、同性婚を反対する神道政治連盟と、「中小企業が潰れるから賃金はなるべく低く」と働きかける日本商工会議所は「功労者」としてさらに発言権が増す。

 ということは、これからも明治の価値観・ルールは健在ということだ。「日本復活」の道筋はまだ当分見えそうもない。

(ノンフィクションライター 窪田順生)