容易でなかった
東南アジア各国との関係強化

 ただ、安倍氏の外交政策には踏み込み不足の部分もあったかもしれない。その一つが、東南アジア新興国各国との関係強化だ。俯瞰外交を進めるに当たり、安倍氏には次のようなビジョンがあっただろう。

 まず、安全保障面で日米関係を強化する。それによって、米国と覇権を争う中国はわが国の主張を軽視できなくなる。その上でアジア各国と経済面で関係を強化する。それによって安倍氏は親日国を増やそうとしたはずだ。

 リーマンショック後、インドやベトナム、マレーシア、フィリピンなどが、中国との領土問題に直面した。特に、オバマ政権が内政を優先せざるを得なくなったことは大きかった。

 13年10月、2014年度予算案をめぐりオバマ政権と共和党が対立。オバマ氏はアジア歴訪を取りやめた。同年11月にはスーザン・ライス大統領補佐官(当時)が中国との新しい大国関係を目指すと発言。インド太平洋地域における米国の存在感は急低下した。その反動として、中国の影響力が増大した。

 そうした状況下、安倍氏の外交政策は中国との問題を抱える国のよりどころになっただろう。16年にベトナムは米国から武器を購入し始めた。同年10月には、就任間もないフィリピンのドゥテルテ大統領(当時)が来日した。

 それらの変化を、安倍氏は経済面での連携強化につなげたかったはずだ。そのチャンスもあった。

 アジア新興国は脱炭素に対応しつつ経済成長を目指さなければならない。そのためにわが国の効率的な火力発電技術が果たす役割は大きい。自動車や半導体など、生産技術の移転を期待する国も多い。

 しかし、安倍政権がそこまで踏み込むのは容易ではなかった。その一因にトランプ政権下の米国がTPPから離脱したことがある。わが国は米国との関係維持と強化にエネルギーを割かなければならなくなった。

 20年に入ると世界に新型コロナウイルスの感染が広がり、各国は外交よりも国民の安全を守ることに集中しなければならなくなった。連続在任日数が2822日を記録した安倍氏でさえ、東南アジア新興国各国との関係強化は難しかった。