島津製作所Photo:JIJI
*本記事は医薬経済ONLINEからの転載です。

 古来より、戦争と疫病の流行と気候変動は、人類の歴史を変えるトリガーとなってきた。それら3つが一度に襲った今回は、どんな変化を与えることになるのか、そしてその結節点を後世の人はどう評価するのか、興味が尽きない。

 人の営みと深く結びついている企業の活動も、むろん、大きな影響を受ける。アフターコロナへの国家ビジョンなど、選挙で浮き足立って考えもまとまらない政府・与党を尻目に、まっとうな会社はすでに、目下のエポックに際して大きく動き出している。島津製作所もそんな企業のひとつだ。

 現役サラリーマンが一夜にして世界最高権威の学者となった田中耕一氏(現、島津製作所エグゼクティブ・リサーチフェロー)のノーベル化学賞受賞から、今年でちょうど20年。しかしその頃の島津は、経営的には絶不調であったことはあまり知られていない。新製品の枯渇と伝統的な“営業下手”が重なって、01、02年度と2期続けて最終赤字に陥り、会社として初の希望退職を募ったほどだった。

 その行き詰まりを、経営者からすれば、棚ぼた的に救ったのが“田中フィーバー”だった。ノーベル賞社員を広告塔に、まずは質量分析機の拡販を大学の研究室や企業の研究機関相手に行った。付け焼刃な対応であったが、営業部隊は鼓舞された。ただし、今日振り返ると最も「効果」があったのは、学生の採用面だった。他社に流れていた最優秀な人材が同社の門を叩くようになり、それが研究開発の底力を徐々に高め、業績の回復をアシストした。

 足元の業績は20年前が嘘のようである。23年3月期の業績予想は売上高が前期比6.3%増の4550億円、経常利益が3.7%増の680億円、当期利益が3.6%増の490億円と、3期連続の増収増益を見込み、売上高と営業、経常の両利益は過去最高を更新する見通しだ。売上げの約6割、利益の約8割を占める主力の計測機器事業が、医薬品開発向けの液体クロマトグラフ(LC)を中心に国内外で伸びる。そのうえ、産業機器事業も、三菱重工から買収したターボ分子ポンプの好調が半導体装置向けで続くとしている。

過去最大規模のディール

 こうしたなか、新型コロナウイルス禍でPCR検査用の試薬への引き合いが急増したのが呼び水となって、「ヘルスケア分野をより強めなければと、島津を目覚めさせた」(業界筋)。計測機器事業への経営依存度が高過ぎるという危機感が、背景にあることは言うまでもない。加えて、ドイツの物理学者で第1回ノーベル物理学賞を受賞したヴィルヘルム・レントゲンが1895(明治28)年に発見したX線を、2年後には早くも商品化し、医療の発展に貢献した自社の創成期と重ね合わせた可能性もある。この4月に上田輝久前社長から経営のバトンを引き継いだ山本靖則社長は、ヘルスケア分野の強化を明確に打ち出している。

 経営のアクションに関しても、かつてに比べて格段に速くなった。感染症などの流行状況を下水モニタリングで把握する新会社を今年1月、塩野義製薬と合弁で設立した記憶は新しいところだが、3月にはLC分野で競合関係にあった東ソーと、医薬品市場向けをグローバルで強化するという目的で提携し、周囲を驚かせた。そしてこの5月、今度は日本水産の医薬品子会社である日水製薬を、TOB(株式公開買付)により完全子会社化すると発表した。