篠田 それはある程度従来の予想通りといえそうです。7万年から5万年前、だいたい6万年前にアフリカ大陸を出た数千人のホモ・サピエンスのグループが、今のアフリカ人以外の人類の先祖であるという考え方、そこは揺らいでいないと思います。

ユーラシア大陸における初期拡散の様子(『人類の起源』より)ユーラシア大陸における初期拡散の様子(『人類の起源』より) 拡大画像表示

 しかし、遺伝人類学の近年の知見では、その先祖より前に、ユーラシア大陸にはホモ・サピエンスがいたとされているわけですよね。

篠田 そうです。ある程度は出ていたのでしょう。それも難しいところでして。中国では10万年くらい前にサピエンスがいたという説があったんですが、それは化石の年代が間違っていたんだという話もあって。出たんだ、いや違うっていうところでせめぎ合っていますが、6万年前より前に出ていたという証拠が多くなってきています。ただし、彼らは現在の私たちにつながらなかったということになりますが。

 それ以前から中近東や北アフリカで細々と暮らしていたサピエンスは、かなり脆弱(ぜいじゃく)な種で、ほぼ絶滅してしまったということですか。

篠田 そういうふうに考えています。

 だとすると、6万年前に出アフリカしたサピエンスが、なぜ短期間で南極を除く地球上に繁殖したのか、という疑問が出てきますよね。それまでネアンデルタール人やデニソワ人に圧倒されていたのに、いきなり立場が大逆転してしまう。旧サピエンスに対して、ミュータント・サピエンスというか、「ニュータイプ」が現れたんじゃないかと思ってしまいます。

 東アフリカのサピエンスの一部が突然変異で大きな前頭葉を持ち、知能が上がって複雑な言語を使うようになって、大きな社会を作るようになったからだという説もありますね。

篠田 『5万年前――このとき人類の壮大な旅が始まった』(ニコラス・ウェイド著、安田喜憲監修、沼尻由起子訳、イースト・プレス)という有名な本がありまして、まさにその発想で書かれているんです。ホモ・サピエンスには言葉や集団を束ねる力があったといった話をされているんですけれども。

 ただ、文化の視点で見ていくと、例えばビーズを作ることは10万年以上前からやっているんですね。アフリカ大陸全体で。そういうことから考えると、サピエンスは徐々に変化していったんだろうと私は考えているんです。そのころ、サピエンスに知識革命が起こったんだっていう説は、今では信じていない人のほうが多くなっていると思います。

 じゃあ、なんで6万年前に出たのかと言われると、ちょっと答えが見つからなくて。まさにそこ、サピエンスがアフリカを出たということ、世界を席巻したということがキーになっているんです。