アメリカの安全保障の実務にも精通するグレアム・アリソン・ハーバード大学教授がまとめた、2017年米アマゾンのベストセラー歴史書『米中戦争前夜 新旧大国を衝突させる歴史の法則と回避のシナリオ』には、米中両国が局面する4つのメガ脅威と、リー・クアンユーも指摘していた冷戦後の米国の対中政策における矛盾、米国の今後の対中政策に関する戦略的オプション4つが提示されている。そのうちの1つとして挙げられている「4.米中関係を定義しなおす」は今の世界情勢にも示唆を与えてくれるので、紹介しよう。

中国がドイツや日本と同じ足跡をたどるという想定

【グレアム・アリソン著『米中戦争前夜』より】冷戦後のアメリカの対中戦略にある根本的矛盾グレアム・アリソン(Graham Allison)
政治学者。ハーバード大学教授
同大ケネディ行政大学院初代学長、同大ベルファー科学・国際問題研究所長を務めた。専門は政策決定論、核戦略論。レーガン政権からオバマ政権まで国防長官の顧問を、クリントン政権では国防次官補を務めた。著書には1971年に刊行され今も政策決定論の必読文献である『決定の本質――キューバ・ミサイル危機の分析』(中央公論新社、日経BP社)のほか、『核テロ――今ここにある恐怖のシナリオ』(日本経済新聞社)、『リー・クアンユー、世界を語る』(サンマーク出版)、『米中戦争前夜 新旧大国を衝突させる歴史の法則と回避のシナリオ』などがある。

 アメリカ外交のアジアへのリバランスは、オバマ政権で最も派手に騒がれた外交イニシアチブのひとつだった。しかし実際はおおむね口先だけで、冷戦終焉後のアメリカの対中戦略は、焼き直しにすぎなかった。これは「関与するがヘッジする」戦略と呼ばれる。その根本的な欠陥は、すべてを認めて何も禁止しないことだ。

 このドクトリンは、各省庁がそれぞれの好きなように解釈し行動することを可能にした。国務省と財務省は「関与」だ。すなわち貿易、金融、技術移転から教育や気候変動まで、多種多様な国際条約や機構に中国を積極的に迎え入れてきた。中国の不正慣行を非難することもあるが、圧倒的な優先事項は関係構築だ。だから、中国のごまかしに見て見ぬ振りをし、まだ「発展途上」にある国だから条件を緩和してほしいという中国の要求に応じてきた。

 これに対して、国防総省と情報機関の戦略は「ヘッジ」だ。これらの政府機関は軍事的優位を維持し、主な同盟国や友好国、特に日本、韓国、インドとの防衛関係を強化し、情報提供者を確保して、敵との衝突に向けた計画や兵器システムの準備を進める。

 この戦略は基本的に、中国がドイツや日本と同じ足跡をたどることを想定している。つまり、中国もいずれアメリカ主導の国際的なルールに基づく秩序を受け入れるというのだ。中国も豊かになるにしたがい、国際システムに許される範囲で大きな役割を担うようになり、いずれ「責任あるステークホルダー」になると言う。また、豊かになれば、中国人も政治に注文をつけたくなり、それが日本や韓国や台湾で見られたような民主化改革につながっていくだろう──。

リー・クアンユーが指摘した「関与するがヘッジする」戦略の致命的欠陥

 アメリカの政策当局者たちの最大の課題がソ連を倒すことだった1970~80年代当時は、中国の経済成長をサポートし、軍備や情報収集能力の強化を助けることには一定の論理性があった。だが、冷戦が終わり1991年にソ連が消滅したとき、アメリカの戦略家たちは、キッシンジャーの忠告に耳を傾けて、国際環境の根本的な変化がアメリカの重大な利益をいかに傷つけうるか自問すべきだった。

 にもかかわらず、多くは冷戦の勝利に酔い、過去を忘れてしまった。新たな「ユートピア時代」が来たという宣言や、すべての国がアメリカのシナリオを受け入れ、市場経済型民主主義国としてアメリカが設計した国際秩序に収斂して「歴史が終わる」という概念に、誰もが浮き足立った。その世界観では、共産主義の中国は補足的な存在に過ぎなかった。

 リー・クアンユーは、アメリカの「関与するがヘッジする」戦略には二つの致命的な欠陥があると指摘した。第一に、中国は民主主義国を目指していない。「民主化しようとすれば、崩壊するだろう」。第二に、中国をドイツや日本になぞらえるのは、両国が熱い戦争に敗れ、米軍に占領され、一時的とはいえ米軍の司令官に占領統治され、憲法まで書かれた事実を見落としている。これに対して中国は、「欧米の名誉会員としてではなく、中国として認められる」ことを要求するだろう、とリーは言った。

戦略的オプションを見直す──たとえ醜い方策でも

 どんなものであれ、「戦略」というものは、三政権しか続かないものだ。「関与するがヘッジする」戦略も例外ではない。中国の低賃金労働者を利用するアメリカ企業と、その製品を購入するアメリカの消費者にとって、中国への関与政策が大きな恩恵をもたらしてきたのは間違いない。また、中国ほどの巨大な敵をヘッジするために、国防総省は6000億ドルの軍事予算と大規模な兵器システムを正当化できた。

 では、それに代わる実行可能で好ましい戦略はあるのか。ここでは、読者、国家安全保障担当の政府高官、およびアメリカの対中政策を担う戦略コミュニティの関係者の想像力を喚起すべく、四つの戦略的オプションを簡単に示したい。これは適応から体制転換または国土の分断まで幅広い。これらの戦略的オプションのほとんどは、不謹慎だとか無謀だとか検討に値しないように見えるかもしれない。しかしそれを全部組み合わせると、台頭著しい中国に対するアメリカの幅広いチャンスが見えてくるはずだ。

アメリカの対中政策の4つのオプション

 アメリカの対中政策の戦略的オプションは、次の4つが考えられる。

オプション① 新旧逆転に適応する
オプション② 中国を弱体化させる
オプション③ 長期的な平和を交渉する
オプション④ 米中関係を定義しなおす

 ここでは、4つ目の「米中関係を定義しなおす」を詳しく紹介しよう。

オプション④ 米中関係を定義しなおす
 2012年、習近平はオバマに、米中両国が互いの中核的利益を尊重する「新型の大国関係」を提案した。習にとっての「中核的利益」とは、互いの事実上の影響圏(中国の場合、台湾とチベットだけでなく南シナ海を含む)を尊重することを意味した。オバマ政権は、こうした条件の受け入れを渋り、そのような関係の構築を拒絶した。トランプ大統領も同様に同意しかねてきた。だがアメリカは、独自の新型大国関係を定義して提案してもよいはずだ。

 冷戦末期、レーガン大統領とゴルバチョフ書記長が、通訳を交えただけのプライベートな散歩をしているとき、レーガンはある質問をした。

「地球が火星人の侵攻を受けたら、ソ連とアメリカはどう対応するか」

 ロシアの通訳は最初、レーガンの質問の意味を理解できなかった。レーガンはゴルバチョフに、火星人が地球に来襲したと伝えているのだろうか? 誤解が解けると、レーガンは質問を繰り返した。彼は、猛烈なライバルの間にも共有する中核的利益があることを強調したかったのだ。

アメリカと中国が直面する4つのメガ脅威

 では、現代のアメリカと中国は、宇宙人来襲レベルの共通の脅威に直面しているだろうか。あまりにも重大なため、両国が手を組まなければならないような脅威だ。もちろんだ、と答えるのに、さほどの努力は必要ないだろう。なかでも四つの「メガ脅威」がある。米中核戦争、核アナーキー、グローバルテロ(とりわけイスラム原理主義勢力によるテロ)、そして気候変動だ。いずれの脅威についても、米中両国が共有する重大な利益は、双方を分断する利益よりもはるかに大きい。

核戦争:相互確証破壊という逃れられないロジックのために、米中が戦争にもつれこみ、その核戦力がすべて使用されれば、両国とも地図から消し去られるだろう。したがって、両国にとって最大の利益は、こうした戦争を回避することだ。さらに両国は、チキンゲームの繰り返し(いずれうっかり恐ろしい結果をもたらす可能性がある)を避けるために、妥協と自制の組み合わせを見出す必要がある。

核アナーキー:これも実に明白なメガ脅威だ。多くの国が大量の核備蓄を獲得すれば、紛争が核戦争につながったり、一部の核兵器がテロリストの手に渡る可能性が高まる。インドとパキスタンの間で核戦争が起きれば、数億人が死に、地球環境に大打撃を与えるだろう。

 北朝鮮が、アルカイダに次ぐイスラム過激派テロ組織や新疆のテロ組織に核兵器を売れば、そして、それがニューヨークや北京で爆発すれば、世界は根本から変わるだろう。

 ケネディは1963年にこの脅威に気づき、1970年代までに核保有国は20~30カ国に増えていると予測した。それが、アメリカの存続と繁栄に与える影響を理解していたケネディは、核不拡散条約を中心に多くのイニシアチブの準備をした。おかげで歴史の流れが変わり、現在の核保有国は20~30カ国もなく、9カ国にとどまっている。中国とロシアが協力したおかげで、イランの核開発は10年かそれ以上棚上げされた。

 だが、核兵器と核物質の増加──とりわけ北朝鮮とパキスタンでは、核テロリズムのリスクが著しく高まっている。中国とアメリカほど、この問題に対処できる立場にある国はない。ロシアも説得して仲間に加えられれば、なおよい。北朝鮮とパキスタンによる核拡散の脅威を解決すれば、核テロリズムだけでなく、韓国や日本などの国に核が拡散する危険も削減できる。だが、それに失敗すれば、私たちが生きている間にムンバイやジャカルタ、ロサンゼルス、あるいは上海の上空で、核兵器が爆発する危険を覚悟しなければならない。

グローバルテロ:核以外のメガテロリズムの脅威も、レベルはずっと下がるが、米中どちらの国にとっても大きな脅威だ。過去には工学と物理学の統合が20世紀後半の技術進歩の牽引役となり、コンピュータチップやインターネットから核爆弾まで、あらゆるものを生み出した。21世紀においてそれに相当する脅威は、工学と遺伝子工学と合成生物学の統合であり、特定の種類の癌を攻撃する奇跡の薬だけでなく、生物兵器をもたらした。たった一人の「ならずもの科学者」がそれを手に入れれば、数十万人を殺すことができる。

 ほかにも、2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)や、2014年のアフリカにおけるエボラ出血熱の流行では、自然がグローバルなウイルスを拡散する脅威を垣間見せてくれた。バイオテクノロジーの研究所にテロリストが忍び込み、抗生物質に耐性のある天然痘の病原体をつくり、昆明やシカゴの空港でばらまいたらどうなるだろう。このような脅威に単独で対処できる国は存在しない。二国間情報共有やインターポール(国際刑事警察機構、ICPO)などの多国間機関、グローバル基準の確立などを通じた幅広い協力が不可欠になるだろう。

気候変動:人間が存続できないほど地球環境を破壊しうる、温室効果ガスの継続的排出による脅威も心配される。温室効果ガスの濃度を450PPM以下に抑えなければ、地球の気温は産業革命前と比べて2度以上上昇して、地球環境に壊滅的な影響が生じると専門家は言う。このスローモーションで起きている大災害に対して、アメリカと中国が単独でできることはない。両国は世界最大の二酸化炭素排出国であり、どちらかが排出量をゼロにしただけでは、他のすべての国が現在の削減ペースを維持しても、世界の気候に与える影響は7年先延ばしになるにすぎない。習とオバマは、米中協定(これが2016年のパリ協定につながった)を締結するうえでこの事実を認め、2030年までの二酸化炭素排出量に上限を設け、2030年以降は減少に転じさせることで合意した。

 世界はこの協定を祝福したが、二つの難しい現実が立ちはだかっている。まず、現在の技術ではこれらの目標を達成するのは不可能なこと。そして、たとえすべての国が約束を守ったとしても、地球温暖化は悪化するであろうこと(何もしないよりペースは落ちるだろうが)。二大経済大国として米中両国には、世界がこの存亡の危機を乗り越えるためにリーダーシップを発揮する特別な責任と影響力がある。

経済のグローバル化がもたらす問題

 これら四つのメガ脅威は、気が遠くなるほど巨大だ。ひょっとすると克服できない可能性もある。だが、さいわい米中どちらにも利益をもたらし、両国を協力に前向きにする一連のチャンスが存在する。グローバルな貿易と投資は利益のパイを拡大するとともに、アメリカと中国の取り分も大きくしてきた。そのパイを米中間で、そしてほかの国々との間で、そして国内でどのように分けるかは、議論が激しくなっている新しい問題だ。

 経済のグローバル化は、もはや昔のように当然支持されるものではなくなった。とりわけグローバル化に取り残されたと考える人が増えて、ポピュリズムやナショナリズム、外国人排斥感情を燃え上がらせている。アメリカと中国には多くの相違があるが、これらの新たなトレンドを管理し、グローバル経済のネットワークが破壊されないようにしなければならないという共通の目標をもつ。

 これまで述べてきたことと比べると目に見えにくいが、間違いなくリアルな問題は、世界で最も活動的な「黄金の14億人」におけるグローバルな意識の高まりだ。彼らは前代未聞のレベルで、認識や規範、慣習をシェアするようになった。

 ユビキタスな通信ネットワークが世界を小さくし、世界のエリート層はほぼなんでも、ほぼ即座に手に入れられるようになった。スマートフォンは世界のあらゆる場所から映像とメッセージを届ける。どこかで起きた爆発、ハリケーン、発見が、世界中の認識に影響を与える。外国旅行は、今やグローバルエリートだけでなく、平均的な市民も経験する普通のことになった。中国でも選りすぐりの優秀な若者約80万人が外国で教育を受けているが、このうち30万人はアメリカに留学している。中国の国家主席夫妻も、一人娘を父親の出身校である清華大学ではなく、ハーバード大学に送った(2014年に卒業)。

 中国に新たに誕生した「国際主義者」の世代は、愛国主義的、あるいはポピュリスト的な国内のトレンドとどう折り合いをつけるのか。彼ら国際主義者の世界観が、米中両国の新しい協力関係にどのように反映されていくかは、今後最も興味深い注目点のひとつになるだろう。