「頭の回転は速くても考えが浅い人」と「本当に頭がいい人」の根本的な違い

論理的な思考が苦手で、いつも「考えが浅い」と言われてしまう……。もっとキャリアアップしたい、自分をより成長させたいと思うビジネスパーソンにとって、「情報を正しく認識し、答えを出すこと」は大きな課題だ。しかし思考力を高めたくても、具体的に何から取り組み、どう訓練すればいいのかわからない人も多いだろう。
そこで参考になるのが、『遅考術――じっくりトコトン考え抜くための「10のレッスン」』だ。著者は、科学哲学が専門の植原亮教授。本書では、意識的にゆっくり考えることを「遅考」(ちこう)と定義し、本当に頭がいい人の思考のプロセスを解説。52の問題と対話形式で、思考力の鍛え方を楽しく学べる名著だ。
20万部突破のベストセラー『独学大全』著者・読書猿氏も推薦の本書。本稿では、著者の植原教授に、「頭がいい人に共通する思考のクセ」をテーマにインタビューを実施。スピード重視で浅い思考の呪縛から解き放たれ、自力で「深い思考」に到達するためのポイントをお届けする。(取材・構成/川代紗生、撮影/疋田千里)

人間の精神はどんな動きをしているのか?

──現在、関西大学で教鞭をとっている植原先生。普段は、どのようなお仕事をされているのか、詳しく伺ってもよろしいですか?

植原亮(以下、植原):私の所属する「総合情報学部」は、「情報」というトピックを軸に、幅広い知識を学ぶことが目的。そのため、さまざまな分野の教員が集まっています。

その中で私が担当しているのは、哲学・倫理学に関わるような科目。

専門は「科学哲学」ですが、理論だけではなく、それを応用した実践教育にも、積極的に取り組みたいと考え、一般の方向けの書籍の執筆なども行っています。

──植原先生の授業では、どのようなトピックを取り扱うのでしょうか。

植原:私の専門は「科学哲学」なので、哲学・倫理学といっても、いろいろなアプローチで研究することが多いんです。

思想史を扱うこともありますし、「人工知能・コンピューターの発達は、我々自身の人間というものに対する見方をどう変えたか?」といった、サイエンス寄りの題材を取り上げることもあります。

──哲学というと文学部のイメージが強いですが、「脳科学的な研究」も含まれているんですね。

植原:ええ。我々研究者たちは、はるか昔から「人間の精神はどんな動きをしているのか?」という問いの答えを探し求めてきたわけですが、20世紀中盤ごろから、目覚ましい進展が見られるようになってきたんです。

その大きな要因の一つは、サイエンスの手法でアプローチしたこと。

哲学研究において、「サイエンスは無視していい」という意見もありますが、私は、古典的な哲学とサイエンス、どちらも連続して研究が営まれることによって、より新しい発見を得られるのではないかと思っています。

人間に備わる2つの「考えるしくみ」

──『遅考術』は、52の問題を解きながら思考力を高めていくような、いわば「思考のドリル」のような構成になっています。私も問題を解きながら読んでいたのですが、普段まったく使っていない脳が動いている感じがして、すごく面白かったです。脳に、ポジティブな疲労感があったというか。

植原:ああ、そういうふうに読んでもらえたらなあ、と想像しながら書いていたので、その感想はとても嬉しいですね。ありがとうございます。

まさにいまおっしゃったように、思考には2つのシステムが存在します。行動経済学などでもよく取り上げられる見方なので、ご存じという方もいるかもしれませんね。

・素早く自動的で、しかも無意識的に働く「システム1:直観」(オートモード)
・遅くて意識的に努力しないと動いてくれない「システム2:熟慮」(マニュアルモード)

この2つ。

「頭の回転は速くても考えが浅い人」と「本当に頭がいい人」の根本的な違い遅考術』35ページより抜粋。イラスト:ヤギワタル

どちらも頭に必要なシステムですが、先に述べたように、「システム2:熟慮」(マニュアルモード)は、意識的に努力しないと動いてくれません。

「進化」と「習慣」がもたらした「スピード思考」の正体

──「システム1:直観」(オートモード)と「システム2:熟慮」(マニュアルモード)の違いや、日常生活に与える影響の違いについて、もう少しお聞きしてもよろしいですか。いま機能している思考プロセスがどちらなのか、見極める方法などはあるのでしょうか。

植原:そうですね、「直観」とはどのようなものなのか、日常的な場面で想像してもらうとわかりやすいかもしれません。

「システム1:直観」(オートモード)には、ざっくり分けて2つの特徴があります。

1つは、ある種のルーティンとして構築された思考プロセスのこと。

たとえば「こうきたらこう返す」というように、ルーティンとして処理できる部分は自動的に考えないと、疲れてしまいますよね。

いちいち「歯を磨くべきか、磨くべきではないか」と真剣に考えて判断していたら、多大な時間がかかってしまう。

──長年の積み重ねで、習慣になっていくこともありますよね。

植原:ええ。もう1つは、私たちの「本能」に根ざした側面です。

「闘争か逃走か反応」、英語では「fight-or-flight response」と言ったりもしますが、動物には危険を察知し、回避するために備わっている能力があります。

自分を捕食する危険な動物がやってきたとき、「闘うべきなのか、それとも逃げるべきなのか?」なんて、熟慮しているわけにはいかないですよね。

「見間違いで、別に逃げなくてもよかった」という場合もありますが、10回中1回でも危険動物だったら、死んでしまう。

だったら、多少間違っていてもいいから素早く決断を下すという、クリティカルに有効な機能が、我々動物には必要だったわけです。

まとめると、日々のルーティンの中で獲得した思考と、先祖から生物学的に受け継いだ思考。この2つが、オートモードでスピード感のある思考として、我々に定着しているのです。

「早く考え、早く結論を出す」働き方の弱点

植原:とはいえ、私たちがいま生きているのは、危険動物が突然襲ってくるような社会ではない。人工的な社会環境なので、祖先が暮らしていたあり方とは大きく違う。

となると、やはり、バグのようなものはどうしても発生してしまいます。

そういう、私たちが本来持っていて当然の、自然な思考と、私たちの生きる現代の社会で求められる思考。この2つのあいだに起きたギャップを埋める役割を、「遅考術」が担ってくれるんじゃないか──そんな仮説を抱きながら、本書を書きました。

──なるほど。お話を伺って、「考えること」のイメージがかなり変わった気がします。

植原:「賢い人」=ぽんぽんとアイデアが出せて、鋭い主張を即座に展開できる人、というイメージが強いかもしれません。

けれど私は、本当に賢い人は、スピーディな思考にも秀でていながら、状況を適切に見極め、必要な場面では「あえて遅く」考えていると思います。

何か重要な課題に直面したとき、オートモードの考え方しかできないと、1日中考え続けても、結局堂々巡りで何も解決しなかったり、問題を論理的に整理できなかったり、その場その場の成り行き任せな判断になってしまったり……と、根本的な解決策には辿り着けません。

人生や仕事を左右する場面で、誰かの意見を鵜呑みにするのではなく、じっくりと自分の頭で、とことん考え抜く力を、本書で身につけてもらえたらと思います。

植原 亮(うえはら・りょう)

1978年埼玉県に生まれる。2008年東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。博士(学術、2011年)。現在、関西大学総合情報学部教授。専門は科学哲学だが、理論的な考察だけでなく、それを応用した教育実践や著述活動にも積極的に取り組んでいる。
主な著書に『思考力改善ドリル』(勁草書房、2020年)、『自然主義入門』(勁草書房、2017年)、『実在論と知識の自然化』(勁草書房、2013年)、『生命倫理と医療倫理 第3版』(共著、金芳堂、2014年)、『道徳の神経哲学』(共著、新曜社、2012年)、『脳神経科学リテラシー』(共著、勁草書房、2010年)、『脳神経倫理学の展望』(共著、勁草書房、2008年)など。訳書にT・クレイン『心の哲学』(勁草書房、2010年)、P・S・チャーチランド『脳がつくる倫理』(共訳、化学同人、2013年)などがある。

「頭の回転は速くても考えが浅い人」と「本当に頭がいい人」の根本的な違い