「それぞれに不安はあったが、夏の練習では手応えがあった。とにかく最初の法政戦が大事。ここで何かがあると、心理的に引きずってしまい、バッティングにも影響してしまう」

 そんな監督の懸念を、選手たちは伸び伸びとしたプレーで払拭(ふっしょく)したのである。

 たとえばファーストの野村のグラブさばきは柔らかくて危なげない。ショートの山縣は「六大学で一番のショートになれる」と監督が太鼓判を押す。

 瞠目(どうもく)したのがセカンドの熊田。守備範囲の広さは特筆もので、堂々たる守備の要である。一塁側にファールフライが高く上がった場面。それを野村が一瞬見失ったものの、抜かりなく回りこんでいた熊田が好捕した。「二塁ファールフライ」である。

「昨日今日と、この上ない勝ち方。歯を食いしばって頑張ってきた成果」と、監督も選手たちをたたえた。

 2試合ともに引き締まって見えたのは、両軍にエラーがなかった点も大きい。両日ともに風がとても強く、フライが上がるたびに「だいじょうぶか」と青空を見上げたものである。

 そんなときにふと頭をよぎった子規の句。

 打ち揚ぐるボールは高く雲に入りて又落ち来る人の手の中に

 9月19日は正岡子規の命日。文学忌として糸瓜忌が有名だが、もう一つ、獺祭忌がある。俳号のひとつ、「獺祭書屋主人」からのもので、カワウソが取った魚を並べる習性になぞらえ、詩や文を作るときに多くの資料を広げ散らすさまである。苦労多き生業ながらも、にぎやかな祭りの様相なのだな、と思えてくる。

 次の相手は春の覇者・明治大学。

「法政、明治に勝ち点を取ったら、優勝まである」

 シーズン前、小宮山監督はそう語っている。(敬称略)

小宮山悟(こみやま・さとる)
1965年千葉県生まれ。早大4年時には79代主将。90年ドラフト1位でロッテ入団。横浜を経て02年にはニューヨーク・メッツでプレーし、千葉ロッテに復帰して09年引退。野球評論家として活躍する一方で12年より3年間、早大特別コーチを務める。2019年、早大第20代監督就任。