うつ傾向の人はエピソード記憶がぼやけている

 うつ傾向の強い人は、過去の記憶がぼやけがちで、過去のエピソードを具体的に思い出すことができないことが多い。このような具体性の乏しい記憶のことを「超概括的記憶」という。

 うつ状態の人は、たとえば「優しい」という刺激語を提示され、そこから連想される思い出を語ってほしいと言われると、「祖母はいつも優しかった」というように概括的に語ることはできても、祖母がどのように優しかったかを示す具体的なエピソードを思い出せないことが多い。

 あるいは「幸せ」という刺激語を提示された場合。多くの人はそこから連想されるエピソード、たとえば自分の身の上に起こった幸運な出来事や、家族や恋人など身近な人物に関する喜ばしい出来事を記憶の中から引き出し、具体的に語ることができる。ところが、うつ傾向の強い人は、記憶がぼやけていて、具体的なエピソードをほとんど思い出せない。

 このように、うつ傾向の強い人は具体的な記憶が乏しく、超概括的記憶をもつことが、心理学の実験によって実証されている。

 では、なぜうつ傾向の強い人は記憶が具体的でなく、ぼやけているのだろうか。そこには、気分の落ち込みを防ぐための自己防衛の心理メカニズムが働いているのだ。

うつ傾向の人は、ネガティブな内容の記憶が優れている

 うつ傾向と記憶力の関係についてはさまざまな心理学的研究が行われているが、それらによれば、うつ傾向の強い人はポジティブな内容よりもネガティブな内容の記憶が優れている。

 そうした傾向は、すでに幼児期から認められる。5~11歳の幼児・児童を対象にうつ傾向を測定し、絵物語を読ませた後、その読んだ内容について思い出してもらうという実験がある。絵物語を読む際には、その主人公が自分自身であるかのように思って読むように求めた。

 その結果をみると、うつ傾向の強い子どもたちは、ポジティブあるいはニュートラルな内容よりもネガティブな内容をよく思い出していた。

 うつ傾向を測定する心理尺度の開発者として知られているベックの認知療法では、うつ傾向の強い人には特徴的な認知の枠組みがあり、それがうつ状態を悪化させるとみなし、そこの改善を考える。

 特徴的な認知の枠組みとは、自分の置かれた状況を悲観的にとらえたり、自分のネガティブな面にばかり目を向けたり、うまくいかないことがあると自分のせいにするなど、物事を否定的にとらえる認知傾向を指す。