「ただの『悲観』ではなく『絶対悲観』であるのが重要。経験などの諸条件に揺れ動くことなく絶対にうまくいかないという心構えでいると、さまざまな思い込みから解き放たれて自然体で仕事ができるのです」

 フランスの哲学者アランは「悲観主義は気分によるものであり、楽観主義は意志によるもの」と述べたとされているが、楠木氏に言わせれば「絶対悲観は哲学」だ。

「哲学とは、状況や環境にかかわらず、良いときも悪いときも不変のもの。思い通りにならなくてつらいと言うのですが、それは単に思い込みであって、仕事については思い通りにならないほうが自然です」

 失敗を恐れる人が増えた要因として、現代社会が「ペインレス」な時代になったことも影響しているのではないか、と楠木氏は私感を述べている。

「昭和時代とは違って、現代社会では、仕事で失敗して殴られたり、ハードなパワハラを受けたりするなど、精神的・肉体的に痛みを覚える機会が少なくなりました。それは社会進歩です。その半面、他人から見れば小さいミスであっても大きな挫折と捉えてしまい、心に大きな負荷のかかる人が増えています。絶対悲観で構えていれば、自らの失敗を自然と受け入れて、挫折とは感じなくなります」

 ペインレスな時代になった結果、多くの人が痛みに敏感になるというのは皮肉な話ではある。耐えられない痛みを避けようと、本来コントロールできない成果をコントロールしようと試みて、期待した成果が得られず、大きな挫折と受け止めてへこんでしまう。そうした負の連鎖を断ち切る手段として、絶対悲観主義は有効だと楠木氏は言う。