ラテン語こそ世界最高の教養である――。東アジアで初めてロタ・ロマーナ(バチカン裁判所)の弁護士になったハン・ドンイル氏による「ラテン語の授業」が注目を集めている。同氏による世界的ベストセラー『教養としての「ラテン語の授業」――古代ローマに学ぶリベラルアーツの源流』(ハン・ドンイル著、本村凌二監訳、岡崎暢子訳)は、ラテン語という古い言葉を通して、歴史、哲学、宗教、文化、芸術、経済のルーツを解き明かしている。韓国では100刷を超えるロングセラーとなっており、「世界を見る視野が広くなった」「思考がより深くなった」と絶賛の声が集まっている。本稿では、本書より内容の一部を特別に公開する。

「自分はダメ人間だ」という劣等感を消し去る、ラテン語の魔力Photo: Adobe Stock

強烈な劣等感も消し去る「ラテン語の魔力」とは?

 真の教育とは、学生自身が進んで勉強したくなる動機を与えてやることだと思うのですが、そんな意味でもラテン語の学習は、その効果を最大限に生かせる方法だと思います。

 学生が自発的に勉強を進める中で最も大切なことは、学生自身の成長であり、他人と比べることではありません。

 しかしながら今日の韓国の教育は、学生たちを徹底的に比較し、首席から最下位までランクづける相対評価というシステムをとっています。これは学生が社会に出てからも、多くの企業にも当てはまります。

 自ら目標を定めて研鑽することよりも、他者との競争に重点を置きます。これでは、どんなに努力をしたって満足いく結果が得られませんし、意欲を失い、挫折もしやすいでしょう。競走馬のように前に進む成長だけを良しとする韓国の評価システムは、とても健全な教育とは言い難いものです。

 一方、ヨーロッパの大学では、評価の仕方が地域や学校、教授の裁量によって多少異なるものの、ほとんどが絶対評価を採用しています。また、ラテン語を用いて成績評価がなされていますが、その評価は次のように表現されています。

【ラテン語の成績区分】
Summa cum laude スムマ・クム・ラウデ 最優等
Magna cum laude マグナ・クム・ラウデ 最優等に次いで優等
Cum laude クム・ラウデ 優等
Bene ベネ よくできました
※発音はローマ式発音を基準にしています

 成績を評価するのに、すべて肯定的な表現を使っていますね。「良い・普通・悪い」といった断定的な区分をせず、「よくやっている」という範疇の中に学生を置き、今後の可能性の枠を広げておくのです。

 そうすれば学生たちは、他人と比べて落ち込んだり、劣等感を抱いたりすることなく、今後の発展に希望を見いだし、「他人よりできる」のではなく「昨日よりできる」ことこそが大切なのだと考えられるようになるのです。このようなヨーロッパの大学の評価方法から、私たちはヒントを得ることができます。

 私が言いたいのは、他人から「スムマ・クム・ラウデ」と評価されなくても、自分自身は「スムマ・クム・ラウデ」なのだと自信を持って勉強しようということです。

 この世界で生きる私たちは、身に覚えのないことで傷ついたりみじめな思いをしたりすることが多いのに、ほかでもないあなたが自らを過小評価していたら、一体誰があなたを大切にしてくれるのでしょう。私たちは最初から、自分においても何かにおいても「スムマ・クム・ラウデ」なのです。

(本原稿は、ハン・ドンイル著『教養としての「ラテン語の授業」――古代ローマに学ぶリベラルアーツの源流』を編集・抜粋したものです)