自分が並んでいるレジの列が進まない理由

 ジンクスや都市伝説は、同じように基礎比率で説明できるものが多い。

 例えば、マーフィーの法則と呼ばれているものの中に「スーパーのレジでは自分が並んだ列はいつも他より進みが遅い」というのがある。

 進みが遅い列は、多くの人が並んでいる列である。したがって、進みが遅い列と速い列を比べると、遅い方である人数の割合が大きいはずだ。だとすると自分も、基礎比率の大きな方、つまり遅い列に並んでいる可能性がどうしても高くなる。

 実際に基礎比率を考慮してみると、冗談のような法則にも説明がつくことも少なくない。場合によってはマーフィーの法則も正しいわけだ。

確証バイアスのワナに気をつけよう

 それから、この手のジンクスや都市伝説が語り継がれていくことに関わっているものとして、「確証バイアス」が挙げられる。

 人間は、自分が信じていること、信じたいことがらについては、その「確証」、つまり正しさが示されるケースばかりに注目する。その一方で、反対にその誤りが示されるケース(「反証」という)は無視する傾向にある。これを「確証バイアス」という。

 確証バイアスは、直観的な思考が行われるシステム1で生じることが知られている。確証バイアスは、ジンクスや都市伝説だけでなく、疑似科学(科学を装った非科学)や反科学、あるいは科学否定、陰謀論などとも密接に関わっている。

 確証バイアスがあると、ジンクスが当たっているケースにばかり目がいくことになる。ボートに乗ったカップルがたまたま破局すると「ほら、やっぱりあれは正しかったんだ」と、自分の信念をいっそう強めるように働いてしまうのだ。レジの進みが遅い場合も同様である。で、外れた場合、つまり反証には目をつむる。

 そうやって、ジンクスや都市伝説が次の世代に伝わっていく。そのくらいならかわいいものだが、中には疑似科学や陰謀論にも関係するものもある。信じたい仮説こそ、「確証バイアス」に気をつけてほしい。

(本稿は、植原亮著『遅考術――じっくりトコトン考え抜くための10のレッスン』を再構成したものです)

植原 亮(うえはら・りょう)

1978年埼玉県に生まれる。2008年東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。博士(学術、2011年)。現在、関西大学総合情報学部教授。専門は科学哲学だが、理論的な考察だけでなく、それを応用した教育実践や著述活動にも積極的に取り組んでいる。
主な著書に『思考力改善ドリル』(勁草書房、2020年)、『自然主義入門』(勁草書房、2017年)、『実在論と知識の自然化』(勁草書房、2013年)、『生命倫理と医療倫理 第3版』(共著、金芳堂、2014年)、『道徳の神経哲学』(共著、新曜社、2012年)、『脳神経科学リテラシー』(共著、勁草書房、2010年)、『脳神経倫理学の展望』(共著、勁草書房、2008年)など。訳書にT・クレイン『心の哲学』(勁草書房、2010年)、P・S・チャーチランド『脳がつくる倫理』(共訳、化学同人、2013年)などがある。