不気味な芋虫がかわいく思えるまで

 子育てや子どもの教育に関わる人なら、『はらぺこあおむし』にどこかで触れたことがあるはずである。『はらぺこあおむし』は世界的にヒットした幼児向けの仕掛け絵本だが、近年になっても人気は衰えず、歌が出たりグッズが出たりしている。
 
 我が家にも絵本があり、はらぺこあおむしのおもちゃもあって、はらぺこあおむしにエサをあげてチョウになるまで育てるシンプルな内容のスマホアプリを、娘は一時期一生懸命やっていた。
 
 そうした背景があり、娘がその、生きてうごめく不気味な芋虫を気に入るのは必然であった。生き物をお世話したいという気持ちもあったのかもしれない。
 
 そしてこれも予想していたが、帰宅して芋虫を虫かごに入れると娘の興味は一段落して、早速別のことをして遊び始めた。芋虫との距離を積極的に縮めたくない大人が2人残される形となった。
 
 しかし、いかにおそろしげな芋虫とはいえ、命を預かった手前、中途半端なことはできない。ネットで情報収集して、とりあえず芋虫がはい渡れる木の棒と、食べ物となる葉っぱさえあればいいことがわかった。そこで近所に生えている葉っぱを2、3種類ちぎって入れたのだが、食べない。「ならば」と、別の2、3種類を採取して追加し、食べず、また別の2、3種類を追加して……とやっていくうちに、虫かごの中は絢爛(けんらん)たるジャングルのようになってきた。
 
 ジャングル化が進むごとに、筆者と妻の不安も大きくなっていく。万が一にも世話が至らず芋虫を死なすようなことは、あってはならないのである。命の責任の他に、娘を悲しませたくないというのもあった。
 
 その芋虫はナミアゲハというチョウの幼虫らしく、かんきつ系の葉を好んで食べることがわかった。筆者と妻は近所を徘徊(はいかい)し、庭にミカンの木があるお宅を発見して、「芋虫を育てているのでお宅のミカンの葉っぱをぜひご提供されたい」とお願いし、不審がられながら継続的な提供を勝ち取ることができた。
 
 しかし、食べなかった。

 ここまで来るとお手上げであり、絶望を漂わせながら次なる方策を考えていると、数時間後にようやく芋虫がその葉を食べたのである。筆者と妻の安堵(あんど)ぶりはひとしおであった。
 
 ここまで苦労したことも手伝ったのであろう、芋虫がかなりいとしく感じられるようになっていたのである。