経営幹部は本能や直感で
意思決定を行うべきではない

シーマンズ氏

――あなたはテックについて楽観的なスタンスに立っていますが、これまでの取材で、「自動化」はマイナスの影響も及ぼし得るという懸念を示しています。米テック大手をはじめ、ひと握りの企業が、AIなどの先進テクノロジーによってもたらされる利益を独り占めしており、恩恵が広く共有されていない、と。

シーマンズ 米経済の多くのセクターで、新しいテクノロジーによって生まれる恩恵や利益が、限られた数の大企業にますます集中している、という事実に懸念を抱いています。数少ない大企業が経済活動の多くをコントロールしているのです。

前編で)デジタルトランスフォーメーション(DX)への投資は早く始めるのがカギだと、話しましたよね。ロボットやAIにいち早く投資できる体力があるのは大企業ですから、DX投資の先行利益が大企業に集中してしまうのです。

 バイデン政権はこの問題について、いい仕事をしています。さまざまなセクターで十分な競争が行われるよう、米政府はリナ・カーン米連邦取引委員会(FTC)委員長を筆頭に反トラスト法(独占禁止法)の研究を重ね、テック大手の独占・寡占問題を追及しています。

 テック大手の市場独占問題を解決する方法は、おそらく「規制」しかないでしょう。テクノロジーそのもの(の開発や利用)をどうこうするという解決策があるとは思いません。

――ハーバード・ビジネス・レビューが、米企業幹部とAIに関する興味深い記事を載せています。

 電子版の2022年3月23日付記事「Overcoming the C-Suite’s Distrust of AI」(「経営幹部のAI不信を克服する」by Andy Thurai and Joe McKendrick)によると、米企業の経営陣は長年、AIを使ったデータ分析に基づく高度な意思決定を良しとせず、本能や直感に基づく意思決定を優先してきたといいます。信用格付けやチャットボットなどにはAIを大いに活用する一方で、事業全般をAIによる意思決定に託すところまではいっていないそうです。

 米国は「テック大国」ですが、ビジネスリーダーはなぜ今も、AIの本格的な活用に及び腰だと思いますか。こと高度な意思決定となると、なぜAIへの不信感を拭えないのでしょう? AIに潜む偏見など、倫理面でのリスクを危惧しているのでしょうか。 

シーマンズ 多くの米企業がAIを導入している一方で、極めて特殊な用途にしか活用していないことが、同記事からわかります。つまり、「導入」はしているものの、全社レベルではなく、依然として「活用の度合い」が限られているということです。

 では、なぜ経営幹部はAIを駆使して自社の将来を予測するなど、高度な問題へのAI活用に二の足を踏むのか――。その理由の一つとして、高レベルな問題には、企業の独自性や特異性に合わせたAI活用法が求められるため、チャットボットのようには簡単にいかないという事情が挙げられます。

 例えば、大企業がチャットボットをカスタマーサービスで使う場合、自動車メーカーでも飲料・食品会社でも、基本的な使い方は似ていますが、経営幹部が事業に使うとなると、話は別です。高度な問題にAIを活用するには、各社の特異性に合った独自の実装方法などが必要になるため、現段階では、まだそこまでの大規模な投資に踏み切る米企業は多くないのでしょう。

 とはいえ、個人的には、AIを使って代案を練るような企業がもっと増えればいいと思います。

 経営幹部には、本能や直感で意思決定を行うのではなく、従業員の多様な意見やAIによるデータ分析を駆使して高度な戦略的決定を行ってほしいものです。

 ひるがえって倫理面では、採用や昇進、解雇などの人選など、AI導入に偏見や差別のリスクが潜んでいるのは確かです。企業が導入に及び腰なのは、それも関係していると思います。他のリスクの可能性も考えると、今後10年以内にAI導入のリスクに備えた「AIリスク保険」が普及し、成長分野になるかもしれません。