日本経済の低迷については、さまざまな要因が指摘されるが、最大の要因は、イノベーションの欠如である。イノベーションはどのような状況の下で生まれてくるのか。なぜ、日本では生まれないのか。4回にわたり、その原因を探っていく。第1回では、新型コロナウイルスワクチンをいち早く開発した米モデルナがイノベーションを起こした要因を検証する。(日興リサーチセンター研究顧問 東京大学名誉教授 吉川 洋、日興リサーチセンター理事長 山口廣秀、日興リサーチセンター理事長室前室長 井筒知也)
消費が伸びないのは所得が伸びないから
所得が伸びない理由はイノベーションの欠如
21世紀に入ってからここ十数年、日本では人口が減少するからダメだ、日本経済の将来は暗い、という見方が定着した。日本の人口減少がそれ自体として大きな問題であることには、異論はない。どのようにして少子化に歯止めをかけるのか、これは最大の政策課題といってもよい。
しかし、日本経済の将来との関係で人口減少を必要以上に強調するのは誤りである。スタンダードな新古典派成長理論を学んだ人には、人口増加率の低下は「1人当たりの所得」水準を上昇させる要因であることを思い出してもらいたい。1人当たりの所得を持続的に上昇させるのは、TFP(全要素生産性)の上昇、あるいはイノベーションである。
今年7月29日に公表された内閣府による「中長期の経済財政に関する試算」では、「成長実現ケース」で、2026年度までの5年間でTFP伸び率は年率1.4%に上昇すると想定している。
現状では0.5%だが、内閣府は、1982年から87年にかけてTFPの伸び率が5年間で0.9%上がったことを根拠に、1.4%への上昇は可能であるとした。
1980年代後半はプラザ合意後の円高不況からバブル経済に移行した時期だから、この時期の経験がどれほどの「根拠」になるのかは疑わしい。とはいえ、日本経済の将来がTFPの動向にかかっていることは事実である。
内閣府の試算では、「成長実現ケース」では2031年度までの平均経済成長率(実質)2%のうち1.4%がTFPによるものだし、より慎重な前提を置く「ベースラインケース」でも平均成長率0%台半ばのうち0.6%がTFPの貢献である。
つまり、今後の日本経済の成長のおよそ7割はTFPの上昇によってもたらされる。TFPの上昇は、狭義の「技術進歩」ではない。広く「ソフト」も含めたイノベーションの結果として生まれるものだ。先にも述べたとおり、それが「1人当たりのGDP(国内総生産)」、所得の上昇をもたらす。
しかし、第2次安倍晋三内閣がスタートした2012年からコロナ禍の始まる前の年2019年まで「アベノミクス」8年間の平均経済成長率は、米国2.3%、EU(欧州連合)1.6%であるのに対して、日本は0.9%と1%に届かなかった。個人消費の成長率にいたっては、米国2.4%、EU1.4%に対し、日本はなんと0.0%である。
GDPの6割を占める消費が不振な理由としては、そもそも所得が伸びないこと、そして社会保障や雇用など先行き不透明な将来への不安が大きいことが挙げられる。所得が伸びない理由には、労働分配率の低下もあるが、根本はやはりイノベーションの欠如である。