早とちりや事実誤認といった「思考のエラー」は、誰にでも起こりうる。だからこそ、「情報をいかに正しく認識し、答えを出せるか」で差がつく。そのためには「遅く考える」ことが必要だ――そう説く一冊が、哲学者の植原亮氏による新刊『遅考術』だ。
その根幹となる「遅く考えるスキル」を、読書や物語という観点から読み解き、その有用性を指摘しているのが『物語のカギ』の著者で、書評家の渡辺祐真氏だ。今回は、同氏に「じっくり考えるために必要なこと」ついて話を伺った。(取材・構成/前田浩弥)
じっくり考えるにも、「技術」がいる
――渡辺さんは『遅考術』をお読みになって、ご著書『物語のカギ』(笠間書院)と共鳴する部分がたくさんあると感じられたそうですね。その最たるものが、「思考のフォーマットを頭に用意して、それを用いて物語や文章を読む」という考え方とのことでした。2冊の本に共通する考え方について、詳しく教えてください。
渡辺祐真さん(以下、渡辺):はい。前提として、『遅考術』で語られている内容をおさらいしますと、人間の思考には、大きく分けて2タイプあります。
ひとつは「システム1」と呼ばれる、速く、直感的な思考。「朝起きて、顔を洗って歯を磨いて、朝ご飯を食べて……」といった毎日のルーティンや、「好き、嫌い」「おもしろい、つまらない」のような感覚的な判断は、「システム1」によって処理されています。直観と言い換えてもいいかもしれません。
もうひとつは「システム2」と呼ばれる、遅い思考ですね。難しい計算を解いたり、将来のことを考えたり、プロジェクトをどう進めるかを練ったりするときに使う思考です。熟考とも呼べるもので、こちらが『遅考術』と『物語のカギ』に共通するテーマとなります。
私たちは意識的、無意識的にかかわらず、この2つの思考を使い分けています。
日常を生きるうえでのルーティンや雑事を処理するには、だいたい「システム1」で何とかなります。何しろ早く、手際よく処理してくれる回路ですから。
そのように聞くと、「システム1」ですむなら、それに越したことはないと思うかもしれません。
しかし、システム1には致命的な弱点があって、それは「間違いを犯しやすい」ことです。パッと直感的に判断するぶん、思い込みや偏見にとらわれたり、錯覚をしたりといったことが起こりやすくなってしまう。
だから、ときには「システム2」を使うことが重要になってくるというわけです。
いつでも、「じっくり考える」わけにはいかない
――「システム2」を使ってじっくり考えれば、常に正解にたどりつけると。
渡辺:基本的にはその通りなんですが、そう簡単な話でもないのが悲しいところです(笑)。時間をかけさえすれば、誰でも最適な答えを導き出せるかといえば、そうでもない。
「下手の考え休むに似たり」という言葉があるように、「考え方」を知らない人がいくら考えたところで、単なる時間の浪費で終わってしまいます。
例えば、難しい数学の問題を前にしたとき、数学についての知識が全然なかったら、ただボーッとしているのとほぼ変わらないわけですよね。
――そうですね(笑)
渡辺:数学の問題をじっくり考えるには、そのための定理や公式を知らないと難しい。
この定理や公式、数学らしい考え方にあたる「思考のフォーマット」こそが、『遅考術』で紹介されているさまざまな視点であり、拙著『物語のカギ』でいうところの、さまざまな「カギ」なんですね。
『遅考術』は思考に、『物語のカギ』は物語にそれぞれ特化していますが、根幹は思考のフォーマットをたくさん紹介することです。だから、この2冊は似ているなと思いました。
特に『遅考術』は、思考方法だけでなく、それぞれのフォーマットが持つ問題点や注意点も紹介しているのは、思考のガイドブックとして見事ですね。
まとめると、思考の武器、枠組みを適切に用いること。かつそれぞれの注意点に、気をつけられること。それこそが、ただ単に漠然と考えるのではない「しなやかな思考」なのです。
1992年生まれ。東京都出身。東京のゲーム会社でシナリオライターとして勤務する傍ら、2021年から文筆家、書評家、書評系YouTuberとして活動。テレビやラジオなどの各種メディア出演、トークイベント、書店でのブックフェア、学校や企業での講演会なども手掛ける。
毎日新聞文芸時評担当(2022年4月~)。
著書に『物語のカギ』(笠間書院)。編著に『季刊アンソロジスト』(田畑書店)。連載に『スピン/spin』(河出書房新社)など。