「いい会社」はどこにあるのか──? もちろん「万人にとっていい会社」など存在しない。だからこそ、本当にいい会社に出合うために必要なのは「自分なりの座標軸」である。そんな職場選びに悩む人のための決定版ガイド『「いい会社」はどこにある?』がついに発売された。20年以上にわたり「働く日本の生活者」の“生の声”を取材し、公開情報には出てこない「企業のほんとうの姿」を伝えてきた独立系ニュースサイトMyNewsJapan編集長・渡邉正裕氏の集大成とも言うべき一冊だ。
本記事では、なんと800ページ超のボリュームを誇る同書のなかから厳選した本文を抜粋・再編集してお送りする。
有価証券報告書の「賃金水準」はアテにならない
健全な中途採用市場を形成するためには、賃金水準の開示は不可欠だ。
現状、有価証券報告書にその上場した企業単体の全構成員(非正規社員を含んでいたり、逆出向者を含んでいたり、基準がバラバラなうえに総合職と一般職をごちゃまぜ……)全体の、平均年間給与だけを開示すればよい、というユルいものになっているため、実態が外部から予測できない。
よくわからない組織に転職するまともな人はいないから、人材の流動化を妨げている。いわゆる「現状維持バイアス」である。
有報に持株会社傘下の事業会社の賃金がまったく出てこない問題も大きいのだが、掲載されている有報の平均年間賃金自体も、取材していくと、ずいぶん情報操作されていることがわかった。母数が定義されていないため、会社側が勝手に調整できるのだ。
三菱地所本体の平均年収は
公表値1264万円よりもはるかに高い
たとえば三菱地所は、平均年収1264万円(平均年齢42歳8カ月、2022年3月)と記されているが、取材すると、実際の正社員(総合職)は35歳時点ですでに全員が約1500万円である。
第一に──これは他社でも同じだが──「職種ごちゃ混ぜ問題」がある。「本体の正社員には、巡視職、いわゆる“守衛さん”がいて、三菱が管理するビルの現場で働いてきた人です。同様に、ビルの設備管理を担当する技能職の社員、いわゆる“設備さん”も、正社員で採っていました。こうしたビルの現業職が、労組の副委員長を務めることが多いです」(社員)。事務の女性枠である「一般職」も20年以上前は採用していた。これらは採用停止したが、年間で約9カ月分のボーナスが出る同社を辞めるわけがないので、中高年に残っており、給与体系は総合職より低く設定されている。よって、均すと下がる。
第二に、「グループ会社から本体に出向している社員が、たくさんいるんです。なぜかというと、長らく丸の内でBtoBのオフィス賃貸ばかりをやってきた会社なので、それ以外の多様な不動産ビジネスについては、ノウハウが本体にはなくて、グループ会社の人にしかわからないことが多いためです。年収水準は、本体の6割~半分くらい」(同)。この逆出向社員を、母数にカウントしている。
第三に、本体社員の半数ともいわれる、グループ会社への大量出向。給料が高い社員を、母数から除外している。そして、有報の注に「従業員数は就業人員であり、当社から社外への出向者を除き、社外から当社への出向者を含みます」と記している。なぜここまでして表向きを下げるのかというと、「総合職以外への配慮やグループ会社の手前、実態より低く見せたい思惑があります。だから(社会保険料の会社負担分を増やす形での)“隠れボーナス”まである」(同)とのことだった。このゼネコン構造は他のデベロッパー(三井、住友、野村、東急……)も同じである。
あえて「見かけ上の平均年収」を下げるキヤノン
同じく出向が多い総合商社の三菱商事は、そのような小細工はしておらず、たとえばローソンに出向した本体正社員の高い賃金もしっかり母数に含めて計算し、逆出向者は算入していない。これは、隠すよりも、他の商社との人材採用面での競争力を優先し、有能な人材を雇い入れるために、実態どおり高い水準を開示している、と考えられる。
キヤノンについて言えば、2008年から突然、非正規を従業員数に算入するというウルトラCを繰り出し、見せかけの平均年収を下げた。2007年862万円→2008年811万円で、1年で母数が2万886人→2万5412人に増えている。この前年に「偽装請負」批判が社会問題化したことが引き金になったと考えられる。キヤノン有報の(注)には現在も、「従業員数は就業人員数であり、パートタイマー、期間社員等を含んでおります」と、他社ではまず見ない、レアな記載がある。
会社側の思惑によって操作可能な数字を有報に載せることが許されている現状は、明らかにアンフェアで、労働市場を歪め、正しい情報の流通を阻害し、雇用の流動化を妨げている。政府が経営側に甘いせいで、働き手側は、いちいち裏側の個別事情まで忖度して、数字を調整しなければいけない。有報リテラシーとして知っておきたい。
(本記事は『「いい会社」はどこにある?──自分だけの「最高の職場」が見つかる9つの視点』の本文を抜粋して、再編集を加えたものです)