東京五輪開幕式をめぐる辞任・解任騒動などで日本でも「キャンセルカルチャー」が注目されるようになった。これは、ポリティカル・コレクトネス(ポリコレ:政治的正しさ)に反する言動をした者をSNSなどで糾弾し、公的な地位からキャンセル(排除)することをいう。

 欧米では2010年代から過激化するようになり、しばしば社会問題になった。フェイスブックの創業が2004年、ツイッターの誕生が06年、iPhoneの発売が07年だから、この社会運動がテクノロジーの強い影響を受けていることは明らかだ。

 キャンセルカルチャーは「社会正義」の運動で、たんに気に食わない相手を寄ってたかって叩くわけではない。それが「正義」を掲げる以上、なんらかの思想的・政治的正当性がなければならない。

「社会正義」が複雑骨折している欧米の思想状況を理解せよ!イラスト :Macrovector / PIXTA(ピクスタ)

 ヘレン・プラックローズ、ジェームズ・リンゼイの『「社会正義」はいつも正しい 人種、ジェンダー、アイデンティティにまつわる捏造のすべて』(山形浩生、森本正史訳、早川書房)は、日本からはわかりにくい欧米(英語圏)の思想状況を案内し、「正義」がどのように複雑骨折しているかを教えてくれる。

 原題は“Cynical Theories: How Activist Scholarship Made Everything about Race, Gender, and Identity - And Why this Harms Everybody(シニカルな理論 アクティビストの人文科学はどのようにして人種、ジェンダー、アイデンティティについてのすべてをつくりあげ、なぜこれがすべてのひとに害をなすのか)”で、キャンセルカルチャーの思想的基盤となる“Critical Theories(批判理論)”への皮肉になっている。

ポストモダン思想家の文体をまねた「デタラメ論文」を投稿し、高い評価を得て掲載された「ソーカル事件」

 ヘレン・プラックローズはイギリスの著述家、ジェームズ・リンゼイはアメリカの数学者、文化評論家だが、哲学者で元ポートランド州立大学助教授でもあるピーター・ボゴシアンとともに、「第二のソーカル事件」とも呼ばれる「不満研究事件(Grievance studies affair)」の首謀者として知られている(以下、著者たちと呼ぶ)。

 ちなみに「ソーカル事件」は、1995年にニューヨーク大学物理学教授のアラン・ソーカルが、現代思想系の学術誌に、ジャック・デリダやドゥルーズ=ガタリのようなポストモダン思想家の文体をまね、科学用語と数式を無意味にちりばめた「デタラメ(疑似)論文」を投稿し、それが高い評価を得て掲載されたことを暴露した事件で、人文科学界隈では大きなスキャンダルになった(ソーカルはその後、ジャック・ブリクモンとの共著『「知」の欺瞞 ポストモダン思想における科学の濫用』〈田崎晴明、大野克嗣、堀茂樹訳、岩波現代文庫〉に経緯と主張をまとめている)。

 ソーカルがこの「実験(いたずら)」を行なった背景には、フランスから移殖され、80年代以降、アメリカの(人文系)知的世界で流行したポストモダン思想が、たんなる言語遊戯に堕しているとの不満があった。そこで、学術誌に無内容の論文を掲載させ、その「学術」自体が無内容であることを証明しようとしたのだ。

 このスキャンダルによって、ポストモダン思想は科学(学術)から脱落し、その命脈は尽きた……とはぜんぜんならなかった。アメリカでは逆に、その変種が人文系のあらゆる学術分野を侵食し、大きな影響力をもつようになったというのが著者たちの主張になる。

「不満研究(グリーバンス・スタディーズ)」とは、「客観的事実よりも社会的不平等に対する不満を優先し、特定の結論のみが許容される学術分野」を総称する著者たちの造語で、「カルチュラル・スタディーズ 」「ジェンダー・スタディーズ」「CRT(批判的人種理論:Critical Rase Thery)」などを指している。本書では「批判理論(critical theory)」あるいは《理論》と略して呼ばれている。

 ソーカルはポストモダン思想を「内実のない言葉遊び」だとしたが、それから10年以上たって、それは「社会正義の恫喝」へと変容した。そこで著者たちは、一般人が知らない学術の世界で、どれほど異様なことが起きているかを広く知らしめるために、社会正義を論ずる(その界隈では)著名な査読付き学術誌にデタラメ論文を投稿する「実験」を新たに行なったのだ。

「デタラメ論文」によって、わずか1年間に7本の論文を学術誌に掲載させることに成功した

 2017年から18年にかけて、著者たちが1年間で20本の「デタラメ論文」を作成して投稿したところ、そのうち4本が査読を経てオンライン上に公開され、3本が承認された(訂正の要求はなく、著者たちの「実験」がメディアの報道で中断しなければ公開されていた)。「再提出」の2本も、査読を通る可能性が高かった(通常、指摘された部分を修正すれば掲載される)。「審査中」が1本で、それ以外の10本は「却下」もしくは査読の指摘を修正できないとして著者たちが辞退した。

 アメリカのほとんどの主要大学では、7年間に7本の論文が学術誌に掲載されれば、テニュア(終身在職権)を取得するのにじゅうぶんな実績になるとされる。それを著者たちは、「デタラメ論文」によって、わずか1年間に(すくなくとも)7本の論文を学術誌に掲載させることに成功した。だとすれば、この分野の「学術」とはいったい何なのか?

 もっとも話題となった「デタラメ論文」は“ヘレン・ウィルソンHelen Wilson”を名乗る(ボゴシアンが勤務する)ポートランド州立大学の架空のジェンダー研究者が、「フェミニスト地理学(Feminist geography)」の著名な学術誌“Gender, Place & Culture(ジェンダー・場所・文化)”に投稿した「オレゴン州ポートランドのドッグパークにおける、レイプ文化とクイア行為遂行性への人間の反応」だ。著者たちが投稿した論文はすべてWEBに公開されているが、この「ドッグパーク論文」はパロディとしてとてもよくできている。

“ヘレン・ウィルソン”は、黒人犯罪学や(性暴力を批判的に検討する)ジェンダー・スタディーズの議論を「人間と動物が交差する独特の都市空間」に適用し、犬とその飼い主の相互作用から「ジェンダー的、人種的、同性愛的に深く根づいたシステム」を暴き出そうとする。そのために、2016年6月から1年間、ポートランドの3つのドッグパークに通い、「犬たちの周辺に座り、歩き、観察し、メモを取り、飼い主たちと話し、犬を観察し、目立たないように立ち去る」というアプローチを繰り返した。

“ウィルソン”がとりわけ注目したのは、犬同士の性暴力(相手に馬乗りになってレイプしようとする)に対して飼い主がどのような反応をするかだった。

「論文」によれば、ドッグパークでは60分に1回の割合で「レイプ」事件が、71分に1回の割合で「暴力」事件(ドッグファイト)が起きた。それが性暴力なのか、合意のうえでの性行為なのかは、「馬乗りにされた犬が明らかにその活動を楽しんでいないように見えた」かどうかで“ウィルソン”が判断した。

 この「調査」の結果、性暴力の100%はオス犬によって行なわれ、「被害者」の86%がメス犬、12%がオス犬(2%は性別を特定できず)だった。興味深いのは飼い主の反応で、オス犬が別のオス犬を「レイプ」しようとしたときは97%の確率で介入したが、メス犬が「レイプ」されたときは32%しか介入しようとしなかった。そればかりか、飼い主の12%は逆にオス犬を励まし、18%は声を出して笑った。逆にオス犬同士の性交渉は飼い主の7%しか笑わず、「同性愛嫌悪」と一致する反応を見せた――とされる。

 驚くのは、著名なフェミニズム雑誌の査読者たちがこの「(バカバカしい)論文」を絶賛したことだ。そればかりかこの雑誌の編集者は、創刊25周年の「記念論文」としてこの「研究」を掲載することを提案した……。