「ビジョニング」で個社に言葉を宿らせる

 グループ内の個社のレイヤーでも、言葉を中心に据えたブランディングは力を発揮している。例えば、Xperia™スマートフォンのビジョン開発もその一つだ。当初はコミュニケーションデザインの統一を目的に始まったプロジェクトだったが、そのためには、まず事業のビジョンを言語化し、経営の方向性を再確認する必要がある、と私たちは考えた。

 そこで、事業会社の社長をはじめ、各部門のトップなどマネジメント職が一堂に会してビジョンについて徹底的に議論するワークショップを開催することを提案。クリエイティブセンターのリードの下、トップマネジメント層が対話を重ねながら言葉を探り当て、ブランドの核心に迫っていった。そして、最終的にビジョンとして結実したのが「好きを極めたい人々に想像を超えたエクスペリエンスを」という言葉だ。目下この精神は、機種の一つ一つに一貫して宿っている。

 同様に、半導体事業を手掛けるソニーセミコンダクタソリューションズのリブランディングにも取り組み、「Sense the Wonder」というエモーショナルなスローガン、ならびにキービジュアルを創出。一見、無機質な事業にも確かに宿る、秘めたる「ソニーらしさ」を言葉とビジュアルで可視化し、社内外に伝えるものになった。

 このようにビジョンを言語化する活動は「ビジョニング」と呼ばれる。このビジョニングもまたデザインである、と私たちは考えている。

グループ全体をつなぐ役割を担う「Creative Hub」

 現在、クリエイティブセンターは、ソニーグループの「Creative Hub」として多くの事業のブランディングに関与している。

 ソニーグループのさまざまな事業には、それぞれ独自の遠心力と求心力が働いている。基幹ブランド「Sony」への意識の持ち方もさまざまだ。私たちが自らの役割を「Creative Hub」と規定しているのは、個社ブランドの鮮明性や連続性を尊重しつつ、マクロ視点で基幹ブランドを磨き、それをグループ全体に環流させる結節点になっているからだ。Sony's Purposeを開発した事例は、その典型例といえるだろう。

 一連のブランディング活動を象徴するクリエイティブが、ソニーグループのCMなどの映像コンテンツの最後に共通して表示されるモーションロゴだ。波状に広がる色彩は、直前の映像から色味を抽出する仕組みになっており、無限のパターンを生み出せる。ソニーグループのパーパスに込められた多様性と、それらを統合する「ソニーらしさ」を視覚的に訴求するものといえる。

 トップマネジメントの思いを宿すパーパスを見いだし、グループ内外にブランド価値を発信し続ける――。このダイナミックかつ繊細なかじ取りは、「デザイン」の力なくしてはあり得ない。特に、多様な事業を包摂する大企業では、企業文化を継承し、表現し続けてきたインハウスのデザイン組織だからこそ担える大きな役割が「ブランディング」といえるのではないだろうか。

 次回の後編では、インキュベーション(事業創出)活動を取り上げる、本田技研工業とのジョイントベンチャーを代表事例として紹介し、異業種・異文化との共創を、デザインの現場からの目線でお伝えしたい。

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