何でも自分で教えなくていい
「常に自分が正解を出さねばならない」という上司と、「自分にはわからないこともある」と自覚している上司、どちらが部下にとって優れたリーダーでしょうか。私は後者だと思います。上司は部下より仕事の経験も知識も豊富ですが、全知全能なわけではありません。
自分が答えを持ち合わせていないことについて部下に尋ねられたとき、あなたならどう応対するでしょうか。
上司として、どうにか部下に答えを授けようと、自分の経験や知識をフル動員して考え込むかもしれません。
しかし意外と効果的なのが、あっさり「自分にはわからない」と即断することです。ただし、「わからない」で終わってしまっては部下が困るだけ。そこで活用するのが、ノウハウではなく「ノウフー(Know・Who)」です。
要するに「そのことだったら○○さんが詳しいから、紹介するよ」とつないでしまうのです。
「餅は餅屋」と言ってしまうと当たり前のことに思えるかもしれません。しかし、自力でなんとかしてきた経験がある「やりくり」型の強いボスほど、門外のことまで抱え込んでしまいがちです。
プレーヤーとして実績を残してきた経験と知識をリーダーとして生かすのはいいのですが、その範囲内でやりくりすることに慣れてしまうのです。半面、新しい知識やテクノロジーを取り入れたり、学び直したり、外部との協力関係を築いたりする余裕がありません。
もちろん部下にとって、上司の生きた経験は学びがあります。しかし想定外の事態に対する応用力や柔軟性には欠けてしまいますし、その組織、その会社でしか通用しないキャリアに、部下はあまり興味がありません。
「ノウフー(Know・Who)」をあまり持っていない上司は、部下から見ると物足りない可能性があります。
今は昔と違って、人間関係は会社の中だけに閉じていません。上司と部下が、師弟関係のような強力な縦の関係を築いているわけでもありません。
むしろSNSなどを通じて、組織の外に横の関係が広がっているのが普通です。「すごい経営者がこう言っていた」「友達の上司はこうらしい」。良くも悪くも情報だけは豊富ですから、上司との一対一の関係だけになると、疑問や不安、不満を抱いてしまいがちです。
昔であれば、それでも上司についていくしかなく、年次を重ねるうちに理解できることも増えていったものですが、今は隣の芝が青く見えればすぐに転職してしまいます。
上司が自分の仕事をやりつつ、部署の数字も追いながら、さらに部下を育てるのは大変です。ですから、うまく「ノウフー(Know・Who)」を使って、手取り足取り育成するのではなく、「育つ機会を提供する」ことを意識してみてはどうでしょうか。前述した「任せてみる」のもその一つですし、人だけでなく「あの本が勉強になるよ」「こういうセミナーがあるけど興味ある?」などと学びのヒントを提供するのもいいでしょう。
上司がすべて自分の経験や能力の範囲で教えようとして、「自分にできることがなぜ部下にはできないのか」などと考え始めると危険です。日々の言動が自分のコピーを育てる方向に働いてしまい、部下の多様な能力を生かすことができなくなってしまいます。
人材育成は、上司のコピーを量産することではありません。