森保ジャパンのカタールW杯が、夢の途中で終わりを告げた。ノックアウトステージ初戦でPK戦の末にクロアチア代表に屈し、目標として掲げ続けたベスト8の一歩手前での敗退を余儀なくされた。W杯優勝経験のあるドイツ、スペイン両代表をグループステージで撃破。世界を驚かせ、日本中を熱狂させた13日間の激闘をどのように捉え、次なる戦いへ繋げていけばいいのか。選手たちが残した数々の言葉のなかから、日本の「いま」と「未来」を追った。(ノンフィクションライター 藤江直人)
日本代表を支えた
ベテラン勢の存在感
カタールの地で日本代表の選手たちが残した数多くの言葉のなかで、最も印象に残っているものをあげるとすれば。それは周囲の爆笑を誘ったMF堂安律(フライブルク)のひと言となる。
「あの赤髪と一緒にしないでくださいよ」
ドイツ代表を逆転で撃破し、世界を驚かせたカタールW杯のグループステージ初戦から一夜明けた取材対応中の一コマ。辛辣に聞こえた堂安の言葉が、誰を対象にしていたのかは一目瞭然だろう。
それまでの金髪をドイツ戦前日に赤髪に変えたDF長友佑都(FC東京)と、何か共通する思いがあるのか。髪を金に近い色に染めている堂安へ、質問が向けられた直後のやり取りだった。
もちろん、フィールドプレーヤーで最年長となる36歳の長友を、干支がちょうど一回り下となる24歳の堂安が煙たがっていたわけではない。むしろその逆。髪の毛の変化やイタリア語の絶叫連呼など、さまざまな手段を講じてチームを鼓舞していた長友へ憧憬の眼差しを向けていた。
PK戦の末にクロアチアに敗れ、チームとして目標に掲げてきたベスト8の一歩手前で敗退したノックアウトステージ初戦から一夜明けた6日。ドーハ市内の活動拠点で最後の取材対応に臨んだ堂安は、キャプテンのDF吉田麻也(シャルケ)と長友へ感謝の思いを捧げている。
「いろいろな状況に応じて、僕たちにさまざまな声をかけてくれる麻也くんや佑都くんのような存在は、僕を含めた若い選手たちのなかには見当たらない。2人に共通しているのは、いるだけで安心感を与えてくれるし、ロッカールームでただ話しているだけでも説得力がある点ですね。2人の背中から、本当にたくさんのものを学ばせてもらいました」
発熱による体調不良でクロアチア戦を欠場したMF久保建英(レアル・ソシエダ)を含めて、最後の取材対応にはカタールW杯に招集された26人のメンバー全員が臨んだ。チームのなかで異彩を放ち続けた、派手で熱い立ち居振る舞いに込めた思いを長友は自虐的に明かしている。
「いまの自分とこのチームの一人ひとりのキャラクターを考えたときに、一番経験をしている僕がどんどん熱量を出していかなければいけない、という使命的なものを感じました。すべてが本当の僕ではなかったかもしれないけど、確実にチームのプラスになると思っていました。ただ、僕はだいぶ変わってますからね。僕みたいな変わったキャラクターはなかなか難しいと思いますけど、それでもこんなにもうるさいオッサンを受け入れて、生かしてくれた後輩たちには本当に感謝している」
長友の意図した言動や吉田の卓越したリーダーシップがチーム全体の士気を高め、結果として余計なプレッシャーを取り除いた。4試合であげた5ゴールのうち4つまでが昨夏の東京五輪を戦った、現時点で25歳以下の選手によるものだった点も、ベテラン勢の存在感と切り離せないだろう。
今大会の組み合わせが決まった4月。ともにW杯優勝経験のあるドイツ、スペインと同じグループEに入った時点で、日本に対しては悲観的な声が渦巻いた。果たして、両大国から世紀の大金星をあげた日本はグループEを堂々の1位で突破。ドイツを敗退に追いやる「死の組」に変貌させた。
7大会連続7度目のW杯に臨んだ日本にとって、W杯優勝経験国から白星をあげるのも、逆転勝利をもぎ取るのもともに初めてだった。ノックアウトステージ進出は2大会連続4度目だが、これまでの3度と比べて、グループステージ突破にいたる過程は明らかに異なっていた。
ならば、カタールの地で日本が目覚ましい進化を遂げたのだろうか。ベスト16進出という結果をもって、新しい時代を迎えたのだろうか。残念ながらノーといわざるをえない理由は、ドイツとスペインを相手に殊勲の同点ゴールを決めた堂安が、最後の取材で残した言葉のなかにある。