迷走 皇帝なきJR東海#1Photo:JIJI

JR東海の葛西敬之名誉会長が、亡くなる直前まで部下らにげきを飛ばしていたのがリニア中央新幹線のプロジェクトだ。リニアは技術面や収益面で課題が多いため、JR他社からは「トップ交代後に計画が軌道修正される」とみられていた。だが、財政投融資から3兆円の投入が決まると、計画の見直しは困難になった。特集『迷走 皇帝なきJR東海』(全8回)の#1では、建設コストの高騰や旅客数の減少が追い打ちを掛けて採算が見通せなくなっているリニアの実態を独自試算で解明する。(ダイヤモンド編集部 千本木啓文)

旅客が5%減るだけで赤字転落の
混迷事業に10.5兆円超を投入

 JR東海の葛西敬之名誉会長が81歳で逝去したのは2022年5月25日のこと。1990年の副社長就任時から28年にわたり代表権を持ち続けた独裁的なリーダーだった。

 死因となった間質性肺炎は、肺胞の壁に炎症や損傷が起こり、酸素を取り込みにくくなる病気だ。一般的には、徐々に呼吸が苦しくなるため恐怖感があるとされるが、葛西氏は周囲にそれをうかがわせることもなく淡々と仕事を続けていたという。

 4月に入ってからも、酸素吸引の器具を携帯して、毎日のようにJR東海の東京本社に出社し、部下らを叱咤激励した。とりわけ時間を割いたのが、リニア中央新幹線のプロジェクトだった。

 担当者を呼び出し、「君たちしっかりやれ」「米国へのリニア輸出を実現するためにも国内で早期開業を目指せ」とハッパを掛けていた。まさに「執念」を感じさせる姿である。

 リニアは葛西氏にとって最大にして最難関のプロジェクトだ。

 JR東海が発足した87年、葛西氏はJR東海が取り組む15のプロジェクトを策定した。そのうち東海道新幹線の時速270キロ化(92年)、名古屋駅のJRセントラルタワーズの開発(2000年)、新幹線品川駅の開業(03年)などを次々と実現させたが、唯一完成が見通せていないのがリニアだった。

 まさに、葛西氏の総仕上げともいえるリニアは晩年、強い逆風にさらされていた。従来、収益性には疑問の声があったが、新型コロナウイルス感染拡大後の旅客の減少や建設資材高騰などがリニアに影を落としていたのだ。

 ダイヤモンド編集部は、新たに発生した減益要因を踏まえてリニアの収支を独自に試算した。すると、国家的な巨大プロジェクトが危機にひんしていることが分かった。

 コロナ前は営業利益率35%超を誇ったJR東海が凋落する要因にもなりかねない危機的な実態を次ページで明らかにする。