自己責任を軽視しすぎたことが、放漫財政につながった

「自己責任の国」アメリカと、「規則過多の国」日本。どちらにも一長一短はあります。

 例えば車検についても、日本のように強制的に車検を行うことで、確かに事故が減るかもしれません。しかし一方で、自動車を持つことの金銭的負担は大きくなり、こうした仕組みが既得権益者を生んでいる側面もあるでしょう。

 保険についても、日本のような国民皆保険制度は、低所得者でも気軽に病院に通えるという側面がある一方、不要な医療費の増大が国の大きな負担になっていることも事実です。

 アメリカで格差是正はせいぜい所得税の累進性くらいですが、日本は所得税の格差是正だけではなく、相続税や健康保険、年金、公共交通機関他、あらゆるところで低所得者層が優遇されていて、結果平等が守られています。

 さらに言えばアメリカでは、年金は確定拠出年金により自分で投資したものを自分で受け取るというのが基本であり、これもやはり「自己責任」です。

 しかし、一つだけ言えることがあります。それは、「自己責任」を軽視しすぎたことが、今の日本の危機を招いたという側面があることは、紛れもない事実だということです。

 今の日本は補助金をばらまきまくっています。言うまでもなく、補助金もまた税金から支出されるものです。例えばガソリン代補助というのは、車に乗ってドライブを楽しむ人の負担を、車すら持っていない人が負担するということでもあります。

 そのことに多くの人は無自覚であるように思います。本来は、自動車を運転する人が負担するべきものです。

 数年前の話ですが、原油高によって燃料費が高騰したイカ釣り漁船に政府が補助金を出したことがありました。私はイカが大好物なのでまだいいのですが、これはつまり、イカが嫌いで食べられない人も漁船に補助金を出しているということ。本来ならば燃料費の高騰の分を価格に転嫁して、私のようなイカ好きがコストを負担するのが筋ではないでしょうか。

 そもそも、今、円安で苦しんでいる業種の人たちは、円高の時はその恩恵を受けていたわけです。儲かっている時には負担せず、厳しくなると政府から助けてもらえるというのは、あまりに不公平ではないでしょうか。

 以前問題になった「損失補填付き株取引」のようなものです。今、大きな税収を賄えるのは、消費税しかありません。ばらまかれたお金は、昔のように、私以外の誰かが支払ってくれるわけではないのです。

 ばらまかれたお金は、消費税増税という形で国民全員が負担するようになることを忘れてはならないのです。