経営学者・藤本隆宏氏が就活生向けに日本企業を分析、「製造業は競争力があり、今後さらに明るい産業になる」Photo by Ryuichi Mine

*本稿は、現在発売中の紙媒体(雑誌)「息子・娘を入れたい会社2023」の「識者に聞く!『不確実性』時代を生き抜く知恵」を転載したものです。

経営学の大家・藤本隆宏氏に、戦後日本の製造業の変遷から、今後のグローバルな産業見通し、その中での日本企業の勝ち残り戦略までを論じていただき、最後に就活生が会社選びをする際に考えるべきことを教授していただいた。製造業の現状と歴史をファクトベースで直視すると、幾つかのチャンスと戦略が見えてくる。(取材・文・撮影/嶺竜一)

「日本製造業衰退論」は
根拠のない誤り

 まず現状を確認しましょう。日本の製造業の実質付加価値総額は100兆円超。過去30年で約1.3倍。製造業が国内総生産の20%を超えるのは主要7カ国では日本とドイツだけです。1人当たりの年間付加価値生産性も平均約1100万円、非製造業平均の約1.4倍で、30年でほぼ倍増。つまり、国内製造業全体は縮小しておらず、巷間いわれる「日本製造業衰退論」は実証的な根拠の無い誤りです。

 確かに家電や半導体は産業別の局地戦で大敗しましたが、他方で、高機能な機械、部品、材料などの競争優位産業があったので、全体は縮小しなかったのです。理論的にも、経済学者リカードが19世紀に示した「比較優位説」は、各国に必ず競争優位産業と劣位産業が両方同時に存在するとしており、これは今の日本や世界でも通用する、経済学の大原則です。

 次に、歴史を振り返りましょう。戦後、日本経済が高度成長を遂げる中、東西の壁を隔てた人口大国・中国との間に、推定約20倍の国際賃金差が蓄積しました。これが冷戦終結後、中国の世界市場参入で一気に顕在化しました。

 日本の国内工場の多くは、中国など低賃金国との厳しいコスト競争下、トヨタ方式導入など生産革新と生産性向上で拠点を存続し雇用を維持しましたが、巨大な国際賃金差のため、生産性を上げても賃金は上げにくいデフレ的状況が続きました。

 1990年代にはデジタル経済の急拡大が始まります。パソコンのように、業界標準的な機能部品を組み合わせるだけで、細かい調整なしででき上がる「組み合わせ(モジュラー)型」のデジタル製品の市場が急成長しました。

 主に歴史的な理由で、強いサッカーチームのように連携力の強い調整型の現場が多くある日本。高性能小型車のように、設計や生産で多くの調整作業が必要な、調整集約的な「擦り合わせ(インテグラル)型」製品では国際的に強いのですが、調整節約的な設計思想が特徴のデジタル製品では「設計(アーキテクチャ)の比較優位」を発揮できませんでした。その後のデジタルプラットフォーム競争でも米国勢に圧倒されました。