日本人の働き方を軽くできれば、課題の多くが解決する
山口 たとえばどういう問題の原因になっていると?
四角 まずは、働きすぎで忙しいから「困ってる人に手を差し伸べられない」ですね。これが、格差や差別、環境問題や気候変動といった社会課題への無関心につながっているなと。さらに、忙しくて「選挙に行かない」から、日本は世界最低レベルの投票率です。
あと、仕事ばかりで「出会いがない」「家族を大切にできない」から幸福感を得られない。身近なところでは、「ちゃんと食べない」「運動しない」「寝ない」「休まない」で、間違いなく健康やメンタルヘルスを害しています。
山口 なるほど。
四角 まず人は、ちゃんと寝て休めれば、「人間の良心」も「自分自身」も失いません。ちなみに、ヒットメーカーと呼ばれたレコード会社時代の僕は、「不眠不休で働いてたはず」と勘違いされますが、実はしっかり寝て休んでいました。
どんな忙しい人でも実践できる、「上質な睡眠を確保する技術」と「長期休暇を取る技法」を、本書であれほど細かく解説できたのも、超多忙な会社員だった僕が実践していたからなんです。
山口 だからあれほど具体的に書かれたのですね。
四角 もっと言うと、ニュージーランドに移住したのは、一番やりたいことに一点集中できる生き方をしたい…「お金持ち」じゃなく「時間持ち」になりたいと思ったから。それは、多くを手放すことで実現できた。
でも日本に目を向けると、元同僚や後輩たちは激しく過重労働していて……実は、僕が退職した翌年に、もっともお世話になった上司を自殺で失っているんです。マスコミやエンタメ業界って、40代で過労死する人も多くて、それが悲しくて悲しくて。
山口 僕が昔いた広告業界もそうでしたね。
四角 未だに日本社会を牛耳ってるのが、高度成長期からバブル時代を知っている「死ぬほど働くのがあたり前」という、成長信仰に洗脳された「仕事がすべて」という人たち。いい歳の彼らが、若い世代にその信仰を押し付けている現状に危機感を覚えて。日本人の働き方を軽くできれば、前述の課題の多くが解決すると信じて書きおろしたのが『超ミニマル主義』なんです。
山口 ああ、わかります。ちなみに、ニュージーランド移住は、どうポップアップしてきたんですか。
四角 登山部出身の父に鍛えられて、幼少期からずっと、釣りやキャンプ、登山を続けているうちに、人間界より自然界に傾倒していったことが大きいですね。そのせいで、自然界でのサバイバル能力やライフスキルはかなり身に付きましたが、人間社会を生き抜くスキルはほぼゼロに(笑)。
学生時代に、「どうせなら世界最高峰の自然環境が残るニュージーランドで暮らしたい」と考えたんです。でも、仕事はないだろうから、自給自足だなと(笑)。
山口 (笑)極端ですね。
四角 僕にとって食料の自足は、周さんが提唱されている「UBI(ユニバーサル・ベーシック・インカム)の自給」なんです。雨露をしのげる家屋と、四季を過ごせる衣類を確保し、最低限の食べものがあれば死ぬことはない。だから、「稼ぐためだけ」の苦役じゃなく――これは周さんの言葉ですが――「生きがいと楽しさを得るため」に働けるし、仕事で思い切った挑戦ができると。
周さんが著書で「資本主義をハックしよう」と提案されていますが、自給自足は僕なりの資本主義ハッキングの一つなんです。
山口 うんうん。
四角 ニュージーランドの大自然で自給自足に挑戦するにしても、ヒッピーにはなりたくないと思ったんです。ヒッピーを勉強すればするほど、自分が目指す生き方とは違うなと。
山口 どの辺りが違うと思ったんですか?
四角 近代化と文明社会を全面的に否定している点ですね。
山口 ああ、シニカルですよね。
四角 僕は、ヒッピー信奉するドラックカルチャーも嫌いなんです。マリファナはもちろん、タバコさえも吸ったことないし、40代になるまでお酒もまともに飲めなかった。音楽的にも、いわゆるあっち系のロックにもあまり惹かれなかったですね(笑)。
山口 グラムロック系とかですね(笑)。四角さんは、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』って映画、観ました?
四角 観てないですね。
山口 クエンティン・タランティーノが監督で、主演がブラッド・ピットとレオナルド・ディカプリオなんですけれど、たぶんタランティーノもヒッピー嫌いなんですよ。
四角 そうなんですね。一見好きそうですが(笑)。
山口 「瞑想とか悟り切ったみたいなことを言っているんだけど、実はただのヤンキー集団だ」とあの映画の中で描かれてて、「ラブ&ピース」とかって言っていながら実はすごい排他的で。
四角 おお(笑)。
山口 自分たちに共感しない人のことをすごい攻撃してくるんだけれど、映画の最後って、逆恨みしたヒッピー集団がディカプリオの家に襲撃に来るの。だけど、逆に火炎放射器でカリカリに焼かれるって、本当信じられない終わり方なんですけれど(笑)。
四角 さすがタランティーノ(笑)。
その排他的な点とか、コミューン同士のいがみ合いも嫌で。でも実は、周さんの『ビジネスの未来』を読むまでは、資本主義こそが諸悪の根源だと思っていました。学生の頃なんて、壊すべきだと主張していたほどで…。まるでヒッピー思想なのに、社会に背を向けるのではなく「社会にはコミットしたい」という思いはあって。
山口 アンビバレントですね、それは。
四角 学生時代に、食料自給の実体験をして「やれそうだ」と確信しつつも、当分は維持されるだろう過酷な資本主義社会を、自給自足スキルだけではサバイブはできないなと。
だから、一度社会に出て手に職を付け、ビジネスを勉強しておかないとマズいと思って、唯一内定が出たソニーミュージックに就職したんです。でも、素晴らしいアーティストとの出会いに恵まれて、音楽の仕事を愛してしまい、結果的に15年も働いちゃったっていう。
山口 資本主義の仕組みを使って、モノを作るのとコトを作るっていうのがあるけれど、音楽を作るのって、一番いい営みな気がしますけどね。
四角 学生時代までの僕は、自然だけを愛し、人間は嫌いという変わり者だったんです。でも、レコード会社で働いているうちに、アーティストと音楽が、僕にとっては大自然と同じかそれ以上に美しい存在になっていきました。
山口 どんな系統の音楽を聴いてきたんですか。
四角 もともと好きなのは、古いブラックミュージックですね。ゴスペルから入って、ソウルやファンクにハマりました。とはいえ、楽器ができないからバンド経験もなく、楽譜も読めず、カラオケさえも苦手という、ただのリスナーだったんです。
周さんがおっしゃるように、音楽をつくる行為は感動的だし、人を幸せにするリベラルアーツかもしれません。けれど、それを入れるCDが最悪でした。構造が複雑すぎてリサイクルできないし、土に埋めても分解されない。燃やしても有毒ガスを出すという…。
山口 困った物質なんですね。
四角 音楽を愛しているけれど、資本主義を暴走させて人を狂わせる「大量生産・大量消費」を忌み嫌ってた自分が、そこに加担している上に、愛する自然環境も破壊している。会社員時代はかなり葛藤してたんですよ。
山口 そういう葛藤を抱えている人が、いろいろなイノベーションを起こしている側面もあるんですよね。
(対談 次回に続く)
*『超ミニマル主義』では、「手放し、効率化し、超集中」するための全技法を紹介しています。
執筆家・環境保護アンバサダー
1970年、大阪の外れで生まれ、自然児として育つ。91年、獨協大学英語科入学後、バックパッキング登山とバンライフの虜になる。95年、ひどい赤面症のままソニーミュージック入社。社会性も音楽知識もないダメ営業マンから、異端のプロデューサーになり、削ぎ落とす技法でミリオンヒット10回を記録。2010年、すべてをリセットしてニュージーランドに移住し、湖畔の森でサステナブルな自給自足ライフを営む。年の数ヵ月を移動生活に費やし、65ヵ国を訪れる。19年、約10年ぶりのリセットを敢行。CO2排出を省みて移動生活を中断。会社役員、プロデュース、連載など仕事の大半を手放し、自著の執筆、環境活動に専念する。21年、第一子誕生を受けて、ミニマル仕事術をさらに極め――週3日・午前中だけ働く――育児のための超時短ワークスタイルを実践。著書に、『自由であり続けるために 20代で捨てるべき50のこと』(サンクチュアリ出版)、『人生やらなくていいリスト』(講談社)、『モバイルボヘミアン』(本田直之氏と共著、ライツ社)、『バックパッキング登山入門』(エイ出版社)など。