レコード会社の社員時代はプロデューサーとして、ミリオンヒットを10回記録するなどトレンドを牽引し、絶調期にニュージーランドに移住。その後、12年かけて独自のリモートワーク術を構築してきた四角大輔氏。彼のベストセラー『自由であり続けるために 20代で捨てるべき50のこと』は、次世代ミニマリストのバイブルにもなった。
そんな四角氏と同年齢の、経営コンサルタントでありナレッジキュレーターの山口周氏がこのほど、互いの著書について対談。四角氏の『超ミニマル主義』と、山口氏の『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』の話を中心に、今の日本の課題、これからの時代の生き方、働き方などについて、3時間にわたり語り合っていただいた。(構成/伊藤理子 撮影/石郷友仁)

【山口周×四角大輔】「時間がないと悩む人」が人生で失っているもの

「成長しなければならない」はただの思い込み

四角大輔(以下、四角) 今日はまず、周さんの言葉「資本主義をハックする」をテーマにお話しできたらと思います。あと、『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』で書かれていた「高原社会」についてもぜひ。

山口周(以下、山口) 僕はもともとコンサルタントだったので、これまでビジネス向けの本を書くことが多かったんですが、この『ビジネスの未来』はちょっと異色で……でも自分としてはすごく好きな本で、書いていて楽しかったんです。

四角 一番の愛読書なので、ファンとしても嬉しいなあ。その周さんの心の躍動感は活字を通して伝わってきますね。

山口 考え方も含め、ああいうふうに自分を整理しないともう働けないなと思って、その整理したものを本にまとめたんですけれど、受け止められ方にすごく温度差があって四角さんみたいに、「すごくいい」って言ってくださる方がいる一方で、「なんでそっちの方に行っちゃったの?」という人も多くて。

四角 えー、意外です。僕の周りでは絶賛されてますよ。

山口 僕が言ってるのは、「成長のための成長を求めない」ということで、人がそれぞれ個別の会社で何かに取り組んで成長するのは全然いいと思います。一方で社会としては衰退する分野も出てきて、それらが入れ替わりながら新陳代謝していくものだから、トータルとしては極端な成長というのは今後も起こり得ないと思っているんです。

 でも、今度講演会をする予定の企業とミーティングをしてたら、「成長しないという話はやめてください」と言われてね。社会全体の話と個別の企業は全然違うんですけれどね、なかなか難しいなあって思いました。

四角 確かに、あの本に書かれている検証結果と提案を受け入れると、自己否定になっちゃう人はいますよね。無限の成長なんてファンタジーなのに、その思い込みから抜けられない人たちは日本には無数にいる。「成長信仰」は資本主義カルトのようになってますね。

山口 四角さんは、今のお仕事は「物書き」になるんですか?

四角 今はそうですね。昔、レコード会社で音楽アーティストのプロデュースで、宣伝やブランディングをやっていた時に、「言葉で伝える」というスキルを身につけられたとは思います。ただ執筆となると、当時、副業でやっていたフライフィッシングやアウトドアの専門誌に時々寄稿していたくらいでした。

 レコード会社を辞める直前に、編集者さんに声をかけてもらって初めて本を書くようになって、この新刊『超ミニマル主義』が9冊目なんですけど、登山の本も2冊出してます(笑)。

山口 え、そうなんですね。

四角 実は、登山雑誌で8年連載したり、アウトドアやキャンプ雑誌でよく表紙に出たりとか(笑)、巻頭特集で20ページの冒険記を書いたりしてたんです。

山口 今住んでいらっしゃる、ニュージーランドライフの紹介みたいなのも?

四角 あ(笑)そういう本も出してます(『LOVELY GREEN NEW ZEALAND 未来の国を旅するガイドブック』)。雑誌では、ニュージーランドと日本で、魚を釣って食料にしながら1~2週間、山や森を独りで歩くっていうスタイルが受けまして。僕、街では声かけられないんですが、釣り場や山では必ず声を掛けられるんです(笑)。

山口 「あ、四角さん、読んでますよ」って?

四角 はい(笑)。幼少期から登山や釣りに夢中でしたが、それは僕にとっては大自然への徒歩旅行という位置付けで。大人になってからは、いわゆる動力を使う旅も大好きになり、旅の本も3冊出しました。好きなことしか書けないタチで……。

山口 幅広いですね(笑)。

四角 その中には、本田直之さんと共著で出した、場所に縛られない働き方を解説した本(『モバイルボヘミアン 旅するように働き、生きるには』)も含まれます。ただこの本が出たのはコロナ禍の数年前で、早過ぎたのかあまり売れませんでしたが(笑)。

山口 ああ。

四角 そしてコロナ禍前年の2019年にふと、「いま一番何やりたいことって何だろうか」と自分に問いかけたんです。当時はいろんな仕事をやっていて、収入は増え続けるけど、忙しくて気が散って、人生の充実度が低かった。

 その問いの答えは、「自分の本だけに集中したい」だったんです。長い時間をかけて書いたものを世に放った後に、読者から感想をもらったときが、「生きている意味」を一番感じるなと思って。だから、ほかの仕事を全部辞めて本だけ書くって宣言して。

山口 それで書き始めたのが『超ミニマル主義』なんだ。

四角 そうなんです。僕の中では子どもの頃から「生きているからには人の役に、世の中の役に立ちたい」というロマンチシズムみたいなのがあって。

 ニュージーランドの山奥で10年以上、自給自足ベースの暮らしをしている僕が、久々に出す本のタイトルが『超ミニマル主義』で。周りからは「ついに四角は世捨て人になって思想本を出すのか」と言われたんですよ(笑)。でも、中身は「働き方メソッド」と「仕事術」のビジネス書。なぜなら、日本が抱える社会問題の諸悪の根源って「働きすぎ」にあると気付いたからなんです。

【山口周×四角大輔】「時間がないと悩む人」が人生で失っているもの山口 周(Shu Yamaguchi)
1970年東京都生まれ。独立研究者、著作家、パブリックスピーカー。ライプニッツ代表。
慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科美学美術史専攻修士課程修了。電通、ボストン コンサルティング グループ等で戦略策定、文化政策、組織開発などに従事。『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社新書)でビジネス書大賞2018準大賞、HRアワード2018最優秀賞(書籍部門)を受賞。その他の著書に、『劣化するオッサン社会の処方箋』『世界で最もイノベーティブな組織の作り方』『外資系コンサルの知的生産術』『グーグルに勝つ広告モデル』(岡本一郎名義)(以上、光文社新書)、『ビジネスの未来』(プレジデント社)、『外資系コンサルのスライド作成術』(東洋経済新報社)、『知的戦闘力を高める 独学の技法』『ニュータイプの時代』(ともにダイヤモンド社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)など。神奈川県葉山町に在住。