今求められるのは、平井氏以降に打ち出された新たな事業や製品を着実に成長させ、しっかりと価値獲得に結び付けることだ。言い方は悪いが、ソニーにはこれまで「作りっぱなし」にしてきた失敗の過去がある。出井伸之会長時代の多くの新事業もその多くは先見性があり、しっかりと育てていれば今日のソニーの中核ビジネスに育っていたはずのものも多くあった。しかし、価値創造中心のソニーの経営の中では、しっかりと育て、収益を獲得するプロセスが不十分であった。

ソニーの弱点だった
「価値獲得」を実現できるか

 十時氏は、ソニー銀行を育てた後、ISPのSo-netでコーポレートベンチャーキャピタルを担当、その後、不振の携帯電話事業の立て直しを指揮するなど、事業を育てることに長けた人材だ。ソニーの中では珍しく、価値獲得のプロセスを堅実に担える人材であるともいえる。

 現在のソニーを立て直した経営者が、平井氏、吉田氏、十時氏の三銃士であることに、多くの人は異論がないと思われるが、3人の共通点は、ソニーの周縁の事業で社長として経営を行ってきたことである。単に技術を知っている、特定の事業で成果を上げたというだけでなく、企業の経営者として組織を運営してきた、戦略の力を持った人材がトップに就いたというのが、ソニーのリカバリーの大きな要因と言えよう。

 今後のソニーに対する期待は、着実に事業を成長させることができる十時氏によって、EVなどの新事業を成長させ、しっかりと価値獲得に結び付けることであり、このプロセスこそが今までのソニーの弱点であり、今後期待すべきところといえる。その意味で、十時氏の社長就任はソニーのリカバリーの集大成といえる。

 一方で課題はある。現在は、ドローンやEVなどの新事業を効率よく成長させるという、両利きの探索と活用でいえば活用が重要な局面であり、十時氏の本領が発揮されるタイミングである。しかし、どの事業も成長の後には成熟化が待っている。効率と活用がメインの時であっても、次の探索のフェーズに備えて、新たな種まきは必要となる。そうした探索型の次世代のリーダーを育て、経営チームに加えていくことが、十時体制のもう一つの役割といえよう。

(早稲田大学大学院 経営管理研究科 教授 長内 厚)